スペシャル・トレンドレポート

アフガン危機とマーケット(松崎 美子氏)

2021年9月1日

8月後半は、アフガン危機のニュースに追われたマーケットとなった。私も今まで数多くの「XXX危機」を経験してきたが、今回のアフガン危機時のマーケットには非常に違和感がある。

今回のコラムでは、私が感じたことを書いてみたいと思う。

地政学リスクとFX

1980年代は、貿易収支がマーケットのテーマであったが、1990年に入ると「地政学的リスク」が大きく注目を浴びた。私は当時ロンドンのバークレイズ銀行本店のディーリング・ルームに勤務していたが、湾岸戦争、ソビエト連邦崩壊、東西ドイツの統一などが起こるたび、夜中・早朝お構いなしに出勤を命じられたことを覚えている。

当時のバークレイズ銀行では午前4時出勤なので男性は近くのホテルに連泊。私は妊娠していたこともあり、毎朝タクシーで通勤していた。朝4時、寝ぼけ眼で出勤したディーラー/エコノミスト/テクニカル分析担当者達が椅子を持ち寄り輪になって、眠気覚ましのコーヒー片手に各通貨の予想される動きをあれこれ議論しあったことが、懐かしく思い出される。

経済指標発表時とは違い、地政学的リスクの場合、いつどのタイミングでニュースが出るのか予想がつかない。もっと悪い事に、当時は地政学リスクに慣れていないマーケットであり、ニュースが出た時の各通貨ごとの予想については市場参加者の見解が分かれたことも、ますます動きを難しくした要因だったと思う。そして「有事のスイス・フラン」が一世風靡したのも、この時代であった。

そして、1990年代からの地政学的リスク相場到来と共にディーリングのやり方が変わった転換期だったとも言えよう。特に湾岸戦争の頃は、「原油価格動向をにらみながらドルの先行きを考えて相場を張る」という今までにない取引手段を覚えた。

当時のアメリカは世界最大の原油輸入国であったため、「原油価格上昇 ⇒ 米国の景気減速懸念台頭」というシナリオをたて、それを先取りする形でドルを売るという「原油とドルの逆相関性」を念頭に置いた取引方法が確立された瞬間でもあった。

地政学リスクとの対処法

「地政学リスク」を英語では「geopolitical risk」と表現する。地政学だけでなく、なんらかのリスクが起きた時のマーケットは、金買い・株安・債券価格高(利回り低下)・安全通貨買い(スイス・フランや円)という特徴が見られる。もちろん、リスクの深刻度や、起きた地域によっては売買される通貨の種類が変わってきたり、原油をはじめとする商品価格が急激に動くこともある。いずれにしても、地政学リスクが台頭すれば、投資環境が著しく悪くなることを前提として、リスクを極力減らし、安全資産(Safe haven)に資金を移動することが基本である。

地政学リスク【アメリカ同時多発テロ】相場検証

「地政学リスク」という言葉を聞いて真っ先に頭に浮かぶのは、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロである。標的となった世界貿易センタービルへの攻撃時間が、朝8時から9時にかけて行なわれたこともあり、この日のニューヨーク証券取引市場は、太平洋戦争開戦以来はじめて市場閉鎖を決定し、9月17日まで閉まったままだった。

しかし為替マーケットは、通常営業。当時のマーケットは、地政学リスクが起きるたびに、「有事のドル買い」「有事のスイス・フラン買い」が一般的となっていたが、この時はアメリカが当事者ということもあり、スイス・フランに買いが集中したと記憶している。

それを確認するため、9月11日当日の値幅を計算してみた。思った通り、黄色いハイライトを入れたスイス・フランの変動幅が一番大きく、2番目に動いたのは、黄緑のハイライトをいれたドル円となっている。

蛇足になるが、9月11日から閉まっていた株式市場は、翌週月曜日の9月17日から再開。この日のダウ・ジョーンズ株式指数は、684ポイントの下げ。9月21日までの1週間での値動きは、1,370ポイントの下げとなり、1週間で14%の下落幅を記録していた。

今回のアフガン危機相場について

まず、最初に現在までのアフガン危機をタイムラインでまとめてみた。

アフガン危機のタイムライン

タリバンがアフガニスタン全土を制圧するスピードの早さだけが、異様に印象に残っている。

アフガン危機とマーケット

今回のアフガン危機発覚以降の相場展開には、違和感しかない。過去の有事の際は、長期金利低下/株安/金高/ドル高というのが、一般的な動きであった。

こちらが、今年5月以降のそれぞれのチャートであるが、株は依然として上昇トレンド継続。長期金利は一度下げたものの、アフガン情勢悪化にもかかわらず上昇に転じている。金に至っては、アフガニスタン情勢がどんどん悪化している最中ですら下げた局面があって驚いた。ドルはアフガン危機というよりテーパリング期待で上げている気がしてならない。

為替では、有事のスイス買いと円買いが出るには出たが、タリバンが主要都市を制圧している最中(水色のハイライト)に限定されており、その後はじりじりと値を戻している。

ここからのアフガニスタンとテロリスク

アフガンを舞台とした抗争

先週カブール市内2箇所で自爆テロを実施したISIS-Kというグループとタリバンは、仇敵だそうだ。

私もこのあたりの事情は全く分からないので、英テレグラフ紙の特集を読んで調べてみたが、それによるとISIS-Kというグループはアフガン東部の地域に根付いた組織で、組員の中にはタリバンを裏切り寝返った人達もいると書いてある。その意味では、ISIS-Kはタリバンの内部事情にも精通している可能性がある。そして、彼らの考えによると、タリバンのアフガニスタン制圧はアメリカが仕組んだもので、タリバンは本当の意味でのジハードではないという陰謀説を信じているようだ。

https://www.telegraph.co.uk/world-news/2021/08/25/isis-k-islamic-state-insurgents-suspected-plotting-attacks-kabul/

さらに恐いことに、8月に入りイスラム各地の強硬派(テロリストも多数含まれている模様)が1万人規模でアフガニスタン入りしたそうである。この1万人が、タリバン側につくのか、ISIS-K側につくのか、全く新しい勢力となるのか分からないが、複数の組織同志の戦いが始まるのかもしれない。

難民に化けたテロリスト

英国がアフガン人の救済をする際に、「絶対に英国につれて帰ってはいけない要注意人物」が6~7人おり、救済の際に身元確認をかなり慎重に行なっていたが、そのうちの1人が救済用の飛行機で英国のバーミンガム空港に到着したことが確認された。後日の調べでは、その人物はもう要注意人物から外されたと説明があったが、そんな簡単に要注意人物リストから外せるものなのか?

たぶんこの手の話しは、英国だけでなくヨーロッパやアメリカでも、起きているだろうし、こっそりとテロリストが入国しているに違いないと私は考えている。

ヨーロッパでの難民問題

英国は2万人受け入れ

読者の方に英国でのアフガン難民受け入れについて質問を受けた。この国は人道危機による難民受け入れには非常に寛容で、シリアやソマリアからも数万人単位で難民を受け入れている。

アフガン難民については、2万人の受け入れを発表しており、国民の間でも目先の食料品や子供用の洋服、おもちゃ、文房具などの寄付が寄せられている。うちの近所ではまだ発表がないが、わかり次第、私も寄付をするつもりだ。

既に問題発生のヨーロッパ

メルケル首相が難民問題の扱いを間違い、人気を大きく落としたのが2015年。あれからすでに6年経っているが、未だにヨーロッパの難民問題はきちんと片付いていない。そんな今、アフガニスタンからの難民受け入れを巡り、ヨーロッパは揺れている。

現時点で大問題となっているのが、リトアニアとポーランド。両国ともベラルーシと国境を接しており、ベラルーシ経由で難民が流入している。対策として、ベラルーシとの国境に壁を作るためEUに資金援助を要請しているが、そう簡単に壁が出来上がるものでもなく、特にリトアニアには多くの難民が国境を越え、入国しているようだ。

ポーランドは先週から国境警備を強化し、一切の難民の入国を禁止している。そのため、ベラルーシとポーランドの国境の間にはさまって身動きできない難民の人権が問題ともなっているが、ポーランドは断固として入国を許さず。

アフガニスタンからの難民は、パキスタンやイランに抜け、トルコ経由でヨーロッパに入るのが普通だが、ベラルーシがパキスタンと結んだ友好関係の影響で、パキスタンのイスラマバードからミンスクに直行便が就航するそうで、アフガニスタンからヨーロッパへの移動が、格段と便利になる。

それもあり、特にベラルーシと国境を接している国は、EUに対しなんらかの対応を取るよう、強く要請している。

ここからのマーケット

今回のアフガン危機を通じ、世界が頼りにしていたアメリカと英国の諜報部がタリバンに負けた形となり、世界中が何を信じて何を頼りにすれば良いのか、途方に暮れていることであろう。私が住む英国でも、面子丸潰れで、特に政治家の間では危機感が相当高まっているのを感じている。

残念だが、アフガン危機がこれで完全に終るわけではなく、この危機を通じて、「アメリカは世界の警察ではない」と分かってしまったため、今後は中国の台湾への動きには気をつけるべきであろう。

マーケットについては、今後もパンデミックと地政学リスク、それに加えて金融緩和からの出口戦略などを総合して対応していくことになるだろう。

繰り返しになるが、今回のアフガン危機では、典型的なマーケットの動きとならなかった。たぶん私が経験した今までの地政学相場はもう古臭い過去の産物となったのかもしれない。その代わりに、最近のマーケット参加者の年代が若くなり考え方も変わり、AI主導ということもあり、地政学リスクに対する考えそのものが刷新される時期に来たのかもしれない。

スイス中銀の介入もほとんどない模様

ここまでのマーケットの動きを見ると、スイス・フランや円にはさほど影響が出ていない。スイス中銀は毎週月曜日に前週のデポジット残高を発表している。

https://www.snb.ch/en/mmr/reference/gwd_20210830/source/gwd_20210830.en.pdf

私は毎週月曜日、必ずチェックするが、ここ3週間ほどの残高推移は、

8月16日時点 7,145億9,500万スイス・フラン

8月23日時点 7,149億5,200万スイス・フラン

差額は、3億5,700万スイス・フラン

そして、8月30日時点 7,151億9,800万スイス・フラン

差額は、2億4,600万スイス・フランとなっており、介入している痕跡が感じられない。万が一やっているのであれば、かなり小規模であろう。

デポジット残高の差から介入か否かの判断をする場合の「絶対値」はないが、マーケットでは10億スイス・フラン以上増えると、「やっただろうな!」と感じ、20億スイス・フラン以上増えると、ガチな介入の可能性を考える。そんなイメージである。

イラン・リアル暴落

アフガニスタンのお隣のイランでは、イラン・リアルが暴落している。同国は経済制裁の結果、現在は9種類の為替レートが存在するそうで、その中でも市中銀行による市場レートに近いもの(NIMA、或いはSANA)で両替すると、今年6月頃には、1ドル=19万リアルであったものが、現在は28万リアルを超えてきたそうだ。

ここからのマーケット

8月31日の撤退期限以降は、カブール空港がタリバンの手に落ちる。そこから先のことは、正直私にもさっぱりわからない。

ひとまずマーケットは次のアフガン危機、或いは主要国でのテロなどが起きない限り、9月のFOMCに関心を移すことになるだろう。

9月のFOMC予想はまたにするが、先週のジャクソンホール経済シンポジウムでのパウエル議長の発言内容と、その前後にCNBCなどのテレビ番組で自身の考えを述べた複数のFRB理事達のテーパリングに関する考え方に大きな隔たりを私は感じた。その意味からも、9月FOMCでのドット・チャートの変化には、十分すぎるほど注意をすべきだ。

さて、ここからの動きで頭を悩ませているのが、ユーロ/ドルとユーロ/スイス。ユーロ/ドルでは、オレンジのハイライトが通る1.1880/1900台で売りを考えている。逆に、ユーロ/スイスでは黄色いハイライトが通る1.0650/1.0740台を損切りとして、買いはどうか?と悩んでいる。片方がユーロ売り、もう片方はユーロ買い。だったら、ドル/スイスを買えばよいのだが、なんとなくユーロを介したほうが分かりやすいと感じてしまい、二重に困っているところだ。

松崎 美子氏プロフィール

松崎 美子(まつざき よしこ)
ロンドン在住の元為替ディーラー。東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話を聞き、早速証拠金取引開始。

本記事は2021年9月1日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、松崎美子氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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