スペシャル・トレンドレポート

米利上げの織り込みが後退、「米ドル/円」108円割れも視野(竹内 のりひろ氏)

2021年8月6日
NYのシニアディーラー :「こちらも暑いのですが、そちらはオリンピック開催中とあって白熱しているのではありませんか」
東京支店のチーフディーラー :「オリンピックは熱いが、為替市場は微妙だね。「米ドル/円」は、年初来高値を更新後は、すっかりさえない動きだ。背景は幾つもありそうだけどね」
NYのシニアディーラー :「ワクチンの接種は確かに進んだのですが、接種完了者からも感染者がでたりと…。米金利も低下傾向が鮮明ですし、こうした理由も「米ドル/円」を重くしているのかもしれません」
東京支店のチーフディーラー :「8月という特殊要因、つまりアノマリー(注)も影響しているかもね」

(注)経済の基礎的条件などからでは説明のつかない、金融市場で繰り返し発生するいわば規則性。後述。

この日米の為替市場をみる2人の会話をまとめると、夏場の「米ドル/円」は特殊要因もあり、軟調な展開が続くという。以下、詳細に検証してみる。

7月2日(金)、米国の6月の雇用統計の発表を控えた欧州時間、「米ドル/円」は年初来高値111.66円を示現した。その雇用統計は、景気の動向を敏感に反映するNFP(非農業部門雇用者数)の増加幅は、+85.0万人の増加となり雇用の拡大を裏付けた。こうした良好な結果にもかかわらず、「米ドル/円」の戻りは111.62円に限られ、翌週以降は反転下落が鮮明となった。

その後、月末にかけて発表されたCPI(消費者物価指数)やPPI(生産者物価指数)も高い伸びをみせたが、米金利が上昇に転じたのは一時的で、一貫して低下してきた。「米ドル/円」の戻りも極めて限定的となり、本レポート執筆時点(8月4日(水)午後)では、下値を108.88円まで拡大、今年5月26日(水)以来の安値をつけている。

この下落の背景は一体何で、この先の展開はどうなるのだろうか。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
※インディケーターは筆者開発のTwinCloud®で売買シグナルを出すことが可能。太さの変わる2本の移動平均とお考え下さい。

「米ドル/円」は、東日本大震災の発生した2011年に変動相場制移行の最安値である75.32円をつけている。歴史的転換点となったのは、翌年12月、第2次安倍内閣が誕生して、「アベノミクス」のもと、日銀の量的質的金融緩和も援軍となった。「金融緩和」、「財政政策」、「成長戦略」という3本の矢のもと、日経平均株価や「米ドル/円」は上昇を続け、後者は2015年6月には125.86円まで上りつめた。

アベノミクスが始まって以降、2013年から昨年2020年まで8回の7-8月の「米ドル/円」の動きを振り返る。7月始値から、7月安値を下回り8月中に安値を更新したのは全8回中7回存在する。アベノミクス以降は、全般ブルマーケットのはずだが、なぜか夏場は弱い。ここには、夏場の「米ドル/円」には「弱含む」アノマリーが存在する。

昨年2020年まで、直近30年の8月の米ドル円の騰落を振り返っても、11勝19敗で、月足では陰線をきざみ、弱さが鮮明となっている。ここまで、為替市場で取り沙汰されてきた背景は以下の通りだ。

①お盆を控えた日本の輸出企業の円買い需要

日本の輸出企業は自国で生産した製品を海外に輸出、販売で得た外貨を円転(注)して利益を確定する。比較的まとまった休暇となるお盆前後には円転の需要が急増する。

(注)円転とは、米ドルなどの外貨を売り、円買いをする取引。イメージしやすいのは「米ドル/円」やクロス円の売り。

②第1次所得収支から発生する円買い需要

日本は世界最大の対外純資産保有国であり、財務省が今年5月に公開した資料では、2020年末の残高は356兆9000億円に達する。30年連続世界一で、ここからは利子や配当が定期的に、確実に発生する。こうした利子や配当は全て外貨建てで、円転する必要がある。時期的に7-8月に持ちこまれる場合が多い。

③8月中旬の米国債の大量償還に伴う円買い需要

毎年恒例のイベントだが、8月中旬には米国債の大量償還が控える。通常、元本の部分は既発債などへ再投資されるが、クーポンから発生する利金(利子)は必ず円転される。

このように、7-8月の「米ドル/円」の需給バランスは円転からの「円買い」需要が旺盛となり、夏場の「米ドル/円」は弱含み展開が鮮明となってきた。

図表:筆者作成

7月27日(火)~28日(水)にかけて開催されたFOMC(注)では、事実上のゼロ金利政策と量的緩和の維持が決定された。金融政策の発表後に記者会見にのぞんだFRBパウエル議長は、「量的緩和の縮小に向け、今後の複数の会合で進める」とした。米国のこうした金融の正常化が目前に迫るなかでも、米金利は一向に上昇せず、「米ドル/円」の頭を重くする。

7月末、米国の東部の都市、マサチューセッツで新型コロナのクラスター(集団感染)が発生した。全体の感染者の74%がワクチン接種済みであったことが後に判明、波紋を招いた。ワクチンパスポートなる言葉が独り歩きしていたが、コロナ後の行動制限の解除や、経済活動再開の前提が崩れはじめている。

今年は、春先から米経済の過熱を指摘する声が相次ぎ、実際CPIなども大きく上振れした。ただそれは、コロナで経済が委縮した昨年と比較しているだけで、過熱した大きな数字が飛び出すことは誰に目にも明らかだった。むしろワクチンの有効性に疑問がつきかけていることもあり、金融緩和の長期化が視野に入りつつある。

「米ドル/円」が年初来高値をつけるに前後して、6月下旬から7月上旬にかけて、金利先物市場は2022年末にフルに1回の利上げを織り込んでいた。その後は、コロナ後の景気回復のピークアウト感、金融緩和の長期化を見越して、この利上げの織り込みは大きく巻き戻され、足元では0.44回程度まで低下している。明らかな「米ドル/円」の反落要因で、引き続き戻りを限定的としている。

以上をまとめると、季節的に夏場の「米ドル/円」は需給バランスが円買いに傾く可能性があり、資金フローの観点から弱含むことを確認した。米国では金融緩和の長期化の可能性が浮上したこともあり、この先の利上げの織り込みが縮小してきた。「米ドル/円」は上値重く推移する可能性が高く、108円割れも視野に入れておきたい。

チャート:CMEのデータより筆者作成

竹内 のりひろ氏プロフィール

竹内 のりひろ(たけうち のりひろ)
明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。

本記事は2021年8月6日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、竹内のりひろ氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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