スペシャル・トレンドレポート

日独金利差拡大から 「ユーロ/円」の上昇基調継続か(竹内 のりひろ氏)

2021年6月4日
東京支店のチーフディーラー :「「ユーロ/円」の堅調推移が止まらないね。まさか、ユーロ圏でも経済や金融緩和の正常化がみえてきたというわけ?」
NYのシニアディーラー :「確かに、ワクチンの接種は進み始めましたが、経済はまだコロナの激震から立ち直れたわけでもなく、本格的な正常化には程遠いと思います」
東京支店のチーフディーラー :「それはそうなのだが、金融市場や為替市場は、次の展開を見据えて、市場はその動きを織り込み始めると昔教えたじゃないか」
NYのシニアディーラー :「確かに…。ワクチン接種は一向に進まず、東京オリンピックの開催も怪しく、経済や金融緩和の出口もみえない日本とはユーロ圏は対極ですね」

この2人の会話を総合すると、金融市場や為替市場では、この先の展開を織り込んで価格形成が進むらしい。確かに、「ユーロ/円」は、1月18日(月)の年初来安値125.09円を底に、ここまで(本レポートは6月2日(水)午後執筆)上伸してきた。6月1日(火)には、2018年2月以来の高値である134.13円まで上値を拡大と、騰勢を一段と強める。

昨年夏以降、ユーロ圏ではコロナ感染の拡大からロックダウン(都市封鎖)が長期化。この影響で、経済は大きく傷んだ。年が明けても、英国のアストラゼネカがオックスフォード大学と共同開発したワクチンは、接種後に血栓を発生させたという理由から、接種を中断、中止する国や地域が相次いだ。

ただここにきて、事態は好転、欧州の主要国を中心にワクチン接種が加速し始めている。オックスフォード大学が運営するサイト“Our World in Data”によれば、全人口のなかで、1回以上コロナワクチンの接種を受けた人の比率は以下のようになる。

ドイツ、43.19%、
フランス、37.65%
イタリア、38.36%(以上、5月30日(日)時点)

日本は、8%にも満たず、南米を中心とする新興国にも大きく見劣りしていて、ワクチン接種では完全に「後進国」の様相を呈している。コロナの収束がみえないばかりか、東京オリンピックの開催を危ぶむ声も広がり、景況感という点でも欧州に大きく水をあけられている。こうしたセンチメントの違いもあり、「ユーロ/円」の静かな上昇が続いている。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
※インディケーターは筆者開発のTwinCloud®で売買シグナルを出すことが可能。太さの変わる2本の移動平均とお考え下さい。

「ユーロ/円」の動きを長期のスパンで振り返ると、2018年2月、ECB(欧州中銀)の最速で2018年内の利上げを織り込み、主要通貨に対し「ユーロ」が買われるなか、「ユーロ/円」は137.51円まで上昇していた。その後は、インフルエンザのまん延、南欧での降雪の長期化、イースター休暇の日程のずれなどから経済は低迷、「ユーロ/円」も低空飛行が続いた。

5月31日(月)、OECD(経済協力開発機構)は、世界の経済見通しを発表している。このなかでは、世界の2021年の成長率見通しを+5.8%へと前回の3月の見通しの+5.6%から引き上げた。ユーロ圏の成長率見通しも+0.4%上方修正されて、+4.3%となった。この予想は、ユーロ圏主要国でのワクチン接種の加速を背景としている。こうしたなかで、日本の見通しは、前回の+2.7%から+2.6%へと下方修正した。

OECDは、ワクチン接種の遅れを直接指摘していて、感染の拡大が引き続き大きなリスクとしている。今回の世界経済見通しのなかでは、ワクチン接種の進み方が、最終的な経済成長に結びつくと締めくくっている。足元で堅調推移が続く「ユーロ/円」相場は、こうしたこの先の経済成長の差を広く織り込んでいく。

5月31日(月)に発表されたドイツの5月のHICP(欧州連合の水準の消費者物価指数)は、前年比で+2.5%(予想、+2.0%)と上振れ、経済活動、消費の再開が加速してきた。ドイツでは、昨年末まで、コロナ対策からのVAT(付加価値税)の引き下げの影響から、HICPのマイナスが続いていたが、ここにきてこの反動を除いても物価の上昇が加速してきた。

ドイツの国内基準では、+2.4%にとどまるが、2018年10月以来の高水準を記録した。この発表を受け、ブンデスバンク(独連邦銀行、中央銀行)は、年内にドイツのHICPが一時的に+4.0%まで上昇するリスクを指摘、これは1999年のユーロ導入以来初となる水準で、コロナの反動を差し引いても欧州の物価の上昇が顕著になってきた。

来週、6月10日(木)にはECB(欧州中央銀)理事会の開催を控え、テーパリング(量的緩和の縮小)の発表を見込む向きは少ない。ただ、経済が回復すれば、それはいつの問題だけであり、必ずテーパリングは訪れる。仮に、経済指標の回復が続けば、テーパリングが発表されなくても、市場はそれを織り込みユーロ高が続く可能性がある。

チャート:ユーロスタット、ドイツ連邦統計局より筆者作成

来年2022年までという長期を見据えた場合、ドイツのメルケル首相がすでに政界引退を表明していることもあり、9月の連邦議会選挙(総選挙)や来年春のフランス大統領選など不確実な要因は多い。新型コロナのワクチンが変異株に万全である確証はなく、ワクチンの接種加速を先取りしている側面も大きい。

では、最後に金利の動きに目を転じてみる。上述のユーロ圏の景況感の改善や物価の上昇を背景に、ECBの量的緩和の縮小につながるとの思惑から国債の価格は下落に転じていて、金利には上昇圧力がかかる。日本では、日本銀行がYCC(イールドカーブ・コントロール)の政策を採用していることから、日本の金利は上昇しにくい。

指標となる日独の10年国債金利差は、ユーロ圏景気の回復を先取りするかたちで拡大して、金利面からも「ユーロ/円」の上昇を後押しする。この先のドイツの金利の先行きだが、米金融大手ゴールドマン・サックスを筆頭に、欧州でも、INGグループ、ラボバンクなど上昇を予想する声が多い。ナットウエスト・マーケッツなどは、過去20年のサイクル変化から顧客にドイツ国債の売りを進める。

以上をまとめると、為替市場の変動は、この先の経済や金利の変化を先取りしていく。ユーロ圏、特にドイツの金利の低下余地は乏しく、日独の金利差拡大を背景とした「ユーロ/円」の上昇は当面継続しそうだ。

チャート:筆者作成

竹内 のりひろ氏プロフィール

竹内 のりひろ(たけうち のりひろ)
明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。

本記事は2021年6月4日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、竹内のりひろ氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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