スペシャル・トレンドレポート

新財務長官の思惑もあり「米ドル/円」軟調推移へ(竹内 のりひろ氏)

2020年11月13日
チーフディーラー :「米国の大統領選の開票結果がほぼ出そろってきたけど、このままバイデン元副大統領の勝利で決まりそうじゃない?」
NYのシニアディーラー :「ただ、トランプ大統領が法廷闘争も辞さない構えで…。果たして円滑な政権移行がおこなわれるのか。少し懸念材料です」
チーフディーラー :「金融市場の反応は、株高、米ドル安。不透明ななかでも政策の先取り?この流れ続くかな?」
NYのシニアディーラー :「今ある材料を消去法で選ぶと、そうした動きになるのかもしれません」

NYのシニアディーラーの話では、「米ドル」売りの流れが続く可能性があるらしい。

4年に1度のイベントである米国の大統領選選挙を通過した為替市場では、ひとまず「米ドル」売りが進んでいる。米ドルの相対的な強さを示す「米ドルインデックス」は、11月末の94.042から足元で92.635へと下落、「米ドル」売りの流れが鮮明となっている(本レポートは11月11日(水)午前執筆)。一方で、株式市場は株高とややちぐはぐな動きをみせる。

米国の大統領選当日、日本時間では4日(水)、開票中に現職のトランプ大統領が優勢と伝わり「米ドル/円」は一旦105円台を回復、105.34円まで上伸した。ただ、この流れは続かず、すぐに反転下落となりバイデン元副大統領の勝利が視野に入った6日(金)には3月12日(木)以来の安値となる103.18円まで下落した。

週明けの9日(月)には、米製薬大手ファイザーが新型コロナワクチンの治験結果を発表、「90%を超える予防効果がある」とした。この発表を受け、ダウ先物が急騰、「米ドル/円」は105.64円までの上昇をみせた。ここまで、乱高下もあり方向感を見誤りかねないが、バイデン政権誕生で「米ドル」の行方はどうなるのだろうか?

チャート:筆者作成

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
※インディケーターは筆者開発のTwinCloud®で売買シグナルを出すことが可能。太さの変わる2本の移動平均とお考え下さい。

米国では、3月に新型コロナの感染が拡大、ニューヨーク州などではロックダウン(都市閉鎖)の措置が取られたことで、商店やレストランが相次ぎ閉鎖、航空需要も蒸発した。年収4万ドル以下の労働者の40%が失業、経済が大きく下振れしたことで、政府はこれまで約3兆ドルの財政支出を決定、経済は大きくV字回復をみせた。

ただ、こうした巨額の財政出動をしたことで、財政赤字が急拡大、CBO(米議会予算局)のデータでは、2020年度の財政赤字の対GDP比率は100%となり、第2次世界大戦の終了時に並ぶ。さらに、バイデン前副大統領は、その政権公約のなかで、環境投資を筆頭に10年で10兆ドルも財政支出をかかげる。年間1兆ドルは、米国の年間GDPである約20兆ドルの5%に匹敵する。

トランプ大統領は、任期期間中に35%であった連邦法人税率を21%に引き下げたが、バイデン前副大統領はこれを28%に戻すという。ただ、それでも10年で10兆ドルの歳出はまかなえず、残りは米国債を発行して資金調達することになる。CBOはこの先、2040~2050年には、米国の対GDPの財政赤字が200%になると算出する。

足元で米国債の格付けは、S&P以外の2社(ムーディーズ・インベスターズ・サービス、フィッチ・レーティングズ)は最高格付けを与える。流動性は潤沢で、国際的な信用度も高く、機関投資家を筆頭に世界から広く投資資金が集まりやすい。ただ、この先の財政赤字の急拡大に伴い、大手格付け3社は米国債を格下げする可能性が高い。

チャート:CBO(米議会予算局)より筆者作成

米国は輸出の低迷から、貿易赤字が過去最高水準に迫る勢いで拡大する。歴史的に過剰消費から、貯蓄率が低いことが背景だ。米国は慢性的な経常赤字国で、海外からの継続な投資や資金流入がないと、資金流失となり「米ドル」は自動的に減価する。

米国の中央銀行であるFRBは、新型コロナの感染拡大で経済が委縮したことで、3月に金利をゼロパーセント付近まで引き下げ、量的緩和を再開した。市場への資金供給量を示すFRBの総資産は、米国債やMBS(住宅ローン担保証券)などを広く買い入れたことから、わずか半年余りで3兆ドルも拡大、足元ではその総額は7兆ドルを超える。

こうしたことから、米国では金利が急低下、低金利から海外からの資金が集まりにくくなってきた。1990年代、財政赤字と貿易赤字が急拡大、「双子の赤字」と称され、この拡大、縮小に為替市場は一喜一憂した過去がある。足元の「双子の赤字」の拡大は当時以上で、米ドル信認の低下が始まっている可能性がある。

そもそも、FRBの量的緩和で市場に有り余った米ドルは行き場を失う。単純に需要と供給で減価する運命にあるのだが、その減価は主要通貨では「円」、「ユーロ」、「スイスフラン」などの経常黒字国(圏)通貨を中心として進む可能性が高い。

チャート:米国の商務省より筆者作成

チャート:FRBより筆者作成

トランプ大統領は大統領選の開票結果、特に郵便投票や期日前投票に不正があると主張して法廷で争う姿勢をみせるが、その根拠は乏しい。こうしたなかで、バイデン前副大統領は、閣僚人事の策定に取り組み始めた。この先の対外政策、金融政策などを広く占うという点では、国務長官や財務長官の人選が極めて重要になる。

特に後者が重要で、その政策や信認が通貨の動向を大きく左右する。かつてのルービン財務長官は、クリントン政権下で「強い米ドルは米国の国益」というスローガンのもとに、米国への投資を集めた。突然の辞任が発表された日、「米ドル/円」は1分余りで約2.5円の下落を演じた過去がある程だ。

バイデン前副大統領が、選挙前に女性のカマラ・ハリス上院議員を副大統領に指名したように、バイデン政権は女性の登用やダイバーシティ(多様性)を前面に人選を進める可能性が高い。足元で財務長官の候補として取り沙汰されているのは、FRBのラエル・ブレイナード理事やエリザベス・ウォーレン上院議員などだ。

バイデン前副大統領の勝利には、左派の支援も原動力だったことを考慮すると、ウォーレン上院議員の可能性も否定できないが、GAFAの解体や金融規制強化など政策が極端なためウォール街は警戒する。消去法的ではブレイナード理事となり、クリントン家とも近く、民主党寄りであることも財務長官への可能性を高める。

ただ、政策はハト派で2016年9月の講演では、「20%の米ドル高は2%の引き締め(=利上げ)に等しい」と持論を展開した。かつて日本を含め、自国通貨売りの介入や口先介入にも苦言を呈したこともある。厄介な存在ではないが、ハト派の姿勢はどうしても「米ドル」の減価をイメージしやすい。

以上をまとめると、「双子の赤字」が再び拡大、さらに金利がなくなった米ドルには国際的な資金は集まりにくい。新財務長官の人事の思惑もあり、「円」などの経常黒字国(圏)通貨を中心に、年末に向け「米ドル」が売られる局面がありそうだ。

竹内 のりひろ氏プロフィール

竹内 のりひろ(たけうち のりひろ)
明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。

本記事は2020年11月13日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、竹内のりひろ氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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