スペシャル・トレンドレポート

安倍首相の辞任でアベノミクス後退へ、 「米ドル/円」取引レンジ一段切り下げへ(竹内 のりひろ氏)

2020年9月4日
アシスタント・マネージャー :「米国では、ゼロ金利政策の長期化が確実視されてきました」
チーフディーラー :「そうだな。安倍首相の辞任の影響はどう?」
アシスタント・マネージャー :「アベノミクスの終了ではありませんが、やはりアベノミクスの後退は意識されそうです」
チーフディーラー :「そういえば、君をシニアディーラーに昇格させてNYに派遣することに決定した。異論はないね」
アシスタント・マネージャー :「勿論です。来月からはNYから情報発信します」

※来月からは、NYから海外投資家の日本への視点などもまとめます。

カンザスシティ連銀主催の経済シンポジウム「ジャクソンホール会合」、今年は8月27日(木)~28日(金)の日程で開催された。例年、世界中から中央銀行の総裁や元総裁、経済学者などが集まり、これまでの金融政策を振り返り、今度の政策などを広く意見交換する。今年は、新型コロナの影響でオンライン開催に移行、さらにWeb上で一般公開となった。

この経済会議、金融政策を決定したり、発表する場ではない。ただ、過去を振り返ると、元FRBバーナンキ議長、元FRBイエレン議長、元ECBドラギ総裁、こうした、そうそうたるメンバーが、この先の金融政策を示唆してきた。ゲーム・チェンジャーとなり、その後の為替市場では大相場が形成されたことから、一段と注目を集めることになった。

図表:筆者作成

27日(木)のジャクソンホール会合の冒頭の講演でFRB(注)パウエル議長は、従来の2%の物価目標を修正する金融政策の枠組みの見直しを示唆した。中長期の「平均」で2%の物価上昇率の達成を目指し、一時的に2%を超えても利上げはせず、経済の過熱を容認して雇用の回復を最優先するというものだ。こちらは事前に予想はされており、想定内の内容であった。

(注)米国の中央銀行

ただ、サプライズだったのは、同時にFOMC(注)が「長期的な目標と金融政策の方針」“Longer Run Goals and Monetary Policy Strategy”をパウエル議長の講演に合わせて修正すると発表した点だ。上述したように、ジャクソンホール会合は金融政策を発表する場ではないが、今回、事実上「場外」で金融政策を『発表』したことになり、この会合、今後さらに一層注目を集めることに疑いようがない。

(注)連邦公開市場委員会、金融政策を話し合う会議

このパウエル議長の講演を受け米金利は低下、「米ドル/円」は105.61円まで値を下げた。ただ、その後は、将来の物価上昇を織り込むかたちで金利が反転上昇、「米ドル/円」も106.69円まで急速に買い戻された。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
※インディケーターは筆者開発のTwinCloud®で売買シグナルを出すことが可能。太さの変わる2本の移動平均とお考え下さい。

パウエル議長の講演から一夜明けた28日(金)の東京市場は、前日からの流れを受け「米ドル/円」は堅調推移が継続、昼過ぎに106.94円の戻り高値をつけた。そして、午後2時過ぎ、「安倍首相が突然辞任を発表」してサプライズとなった。安倍首相は、17日(月)に続き、24日(月)も信濃町の慶応病院で検査を受け、健康不安説が取り沙汰されていた。

この辞任発表を受け、日経平均株価は当日高値からザラバで770円下げ、為替市場では「米ドル/円」が反転下落、欧米時間にかけて105.21円まで下げた。この下げ、一時的なロングポジションの投げという見方もあり、週明けは、「米ドル/円」は買い先行で始まり、9月1日(火)にかけて106.15円まで反発した。ただ本レポート執筆時点、2日(水)午前現在、反発は限られている。

安倍首相が辞任したからといって、その経済政策、アベノミクスが終了するわけでもない。そのアベノミクス、振り返ればベースは「3本の矢」、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略だった。このアベノミクス、安倍首相が職を辞することで再加速することはなく、むしろ過去の政策となり、「アベノミクスの後退」が意識されやすくなる。

辞任当日、日経平均株価や為替市場で「米ドル/円」が急落したのはこの連想で、次期首相が誰になっても、政策の非連続性が指摘され始めた。第2次安倍内閣が発足したのは、2012年12月26日(水)で、この日の「米ドル/円」は78.08円だった。その後、黒田日銀の強烈な金融緩和もあり、2015年6月5日(金)には、125.86円まで登りつめた。

ただ足元では。105~107円付近で推移していて、大きくピークアウトしている。こうしたアベノミクスという経済政策が依然機能しているのであれば、今頃「米ドル/円」が160円を超えていてもおかしくない。そうならないのは、政策には限界があり、賞味期限まであるということだ。この先首相が誰になるのであれ、とりあえずの任期は来年9月の衆院選までの約1年、中継ぎになるのか、再任されるのか非常に不透明になってきた。

外国人投資家が投資する際の条件にあげるのが、「政治経済の安定」と「長期政権」、安倍政権は7年8か月も続き、歴代最長を更新した。これが、日本が再評価された理由で、日経平均株価はアベノミクス全開のなか、ピークで2.7倍となった。外国人投資家にとり政策の非連続性は投資環境という点では乏しく、この先、日本株、為替市場では「米ドル/円」に買いが入りにくくなる可能性がある。

図表:筆者作成

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成

新型コロナの感染拡大から、2月以降、金融市場が混乱となりFRBは3月に2度の緊急利下げを実施、その後も事実上無制限の量的緩和を継続する。こうした金融緩和に加え、上述のようにパウエル議長が将来的な物価上昇のオーバーシュートを容認したことで、10年先の予想物価上昇率が再び上昇に転じた。この結果、実質金利が一段と低下、10年先で実に-1.1%まで低下してきた。

実質金利とは、見た目の金利である名目金利から予想物価上昇率を引いたもので、通貨の強弱に大きな影響を及ぼす。実質金利がマイナスとは、預金をした場合、経過利息が物価上昇率に負けることを意味し、事実上の現金価値の目減りを意味する。投資という観点では、米ドルを保有しないほうがよく、こうした背景から、米ドル安が進行してきた。

以上をまとめると、「米ドル/円」は105~107円程度のレンジ推移が続くが、アベノミクスの後退や米国の実質金利の一段の低下もあり、徐々に取引レンジを切り下げるとみている。

チャート:筆者作成

竹内 のりひろ氏プロフィール

竹内 のりひろ(たけうち のりひろ)
明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。

本記事は2020年9月4日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、竹内のりひろ氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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