スペシャル・トレンドレポート

四面楚歌の米ドル、対円でさらに下値模索へ(竹内 のりひろ氏)

2020年8月7日
チーフディーラー :「先月7月の為替市場は、「ユーロ/米ドル」が主導するかたちで米ドル安が進行したけど、「米ドル/円」の行方はどう?」
アシスタント・マネージャー :「主要通貨に対する米ドル売りの構図は、変わりませんよ」
チーフディーラー :「背景は?」
アシスタント・マネージャー :「複数あります。①新型コロナの感染ですが、米国の南部では再拡大しています。②8月の中旬には、大きな米国債の償還をむかえることになります。③米国では、実質金利(注)がマイナス、表面上はプラスに見えますが、この影響が非常に大きいといえます」

(注)実質金利は名目金利から予想物価上昇率を引いたもの、後述。

7月の「米ドル/円」は、31日(金)にかけて大きく下落、3月12日(木)以来の安値104.19円まで下値を拡大した。その後は、週末を控えた金曜でもあり、月末の特殊要因も重なり反発、106円台を一時的に回復した。ただ、1か月という期間でみれば、値幅は4円近くに達していて、「米ドル」売りの流れが続いている。

7月以降、「米ドル」売りの動きは対ユーロで鮮明となっている。欧州復興基金の合意も背景だが、総額7500億ユーロを2021~2027年の中期予算計画のなかで策定していて、単年でのインパクトは少なく、「ユーロ」買いの要因としては乏しい。むしろ「米ドル」が主要通貨に対して売られているわけで、「米ドル」の売り要因を検証する方が賢明といえる。

米国では、一部の州でのロックダウン(都市封鎖)の効果もあり、一時的に新型コロナウイルスの感染者数は減少に転じた。ただ、足元で南部の州やカリフォルニア州などを中心に感染拡大が続く。3兆米ドルの財政支出、FRB(注)の緊急利下げ、事実上無制限の量的緩和の再開もあり、ここまで雇用は回復基調をたどってきた。

(注)米国の中央銀行

米国の労働省が30日(木)に発表した新規失業保険申請件数は2週続けて増加した。25日までの1週間の申請件数は143.4万件となり、前の週から1.2万件増加した。申請件数は、3月第3週に680万件を超えていた。その後は減少を続けてきたが、足元で回復に黄信号が点灯している。

こうした背景もあり、米金利が一段の低下、為替市場では、米ドルを手放す動きが続いている。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
※インディケーターは筆者開発のTwinCloud®で売買シグナルを出すことが可能。太さの変わる2本の移動平均とお考え下さい。

チャート:米労働省より筆者作成

眼を過去に転じ、直近30年の8月の「米ドル/円」の騰落を計測すると、上昇が10回に対し下落が20回と大きく下落に傾く。この下落の動きは他の月と対比しても突出していて、アノマリー(経験則)として十分成立している。こうした動向に関しては、金融市場関係者より、かねてから色々な議論がなされてきたが、ここに一旦まとめておく。

①輸出企業は、物を海外に輸出するが、これは外貨建てであり、最終的に円に転換する必要がある(円転)。これは「米ドル」建てでも「ユーロ」建てでも変わらず、必ず「円買い」が発生する。日本では、中旬にお盆休みをむかえるが、お盆前には、輸出企業からのまとまった米ドル売りが出やすく、さらにリーブオーダーとしての米ドル売りの指値注文も、上値にはしっかり置かれる。

②例年8月の中旬には米国債の大量償還をむかえる。国内の機関投資家等が保有する米国債が償還をむかえると、通常、元本部分は再投資から、既発債へ自動的に再投資になる。一方で、利金(利息)は全額円転されて、為替市場では実弾の「米ドル/円」の売りが発生する。

昨年の場合は、米中の対立から米国が中国を「為替操作国に認定」、リスク回避の動きから「米ドル/円」は8月下旬に105円割れとなった。こうした特殊要因を除いても、8月の「米ドル/円」は下落が鮮明で、ここまで「米ドル/円」は、夏場は弱いという歴史を刻んできた。夏場の円高、今年も再現性は高そうだ。

図表:筆者作成

日本の財務省が公開する「対外及び対内証券売買契約等の状況」からみると、国内の機関投資家の外国債券の投資はあまり進んでいない。通常、生命保険会社等は、新年度入り以降、運用の一環として外国債券への投資姿勢を強めるが、今年の場合は、4月以降の4か月でネットの買い越しがわずか6500億円程度と低空飛行が続く。

こうした外国債券投資の増減は、「米ドル/円」の水準に大きく左右されることになる。7月には、円高方向に大きく水準訂正したこともあり、新規の投資環境としてみれば、追い風が吹いていたはずだ。こうした状況下でも外債投資が進まない理由に、米国で金利が低下してしまい、債券投資に魅力がなくなってきていることがあげられる。

この先、「米ドル/円」が100円に近づく場面では、新規投資の動きも出始めるだろうが、やはり米国に金利がなくなった今、昨年までのような外債投資が復活するかは怪しい。外債投資は円高の進行時などでは、その緩衝材として機能してきただけに、次の「米ドル」安局面では心もとない。

図表:財務省より筆者作成

米国では、10年の実質金利がマイナス1.0%と過去最低水準を更新している。実質金利とは、見た目の名目金利から予想物価上昇率を引いたもので、お金を銀行に預けた方が得なのか、損なのかを判断する一つの材料となる。このマイナス1.0%の意味するところは、銀行預金をしていると、その間の物価上昇率に負けてしまい、期間経過後、実質お金の価値が目減りしていることになる。

こうした場合は、借金した方が得で、借り入れたお金で価値が上昇しそうなものに投資しておくのが賢明となる。金を筆頭に商品価格が高騰しているのは、これが理由で、米国の事実上のゼロ金利政策や量的緩和から、金融市場はこの先の大きな物価上昇をすでに織り込み始め、実質金利が過去最低水準を更新してきたのだ。

つまり、長い目で見ると、通貨である米ドルを保有こと自体が美味しくなく、将来の減価(=価値が下がること)を織り込み、米ドル売りが進んでいることになる。我さきにと、中長期の投資家や、世界の中央銀行では外貨準備のリバランスからの米ドル売りを開始しているのはこのためで、ここまでの米ドル安はまだ3~5合目といったところだろうか。

以上をまとめると、足元で米ドルを取り巻く環境は四面楚歌で、引き続き「米ドル/円」も下値を探る展開は続きそうだ。

チャート:筆者作成

竹内 のりひろ氏プロフィール

竹内 のりひろ(たけうち のりひろ)
明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。

本記事は2020年8月7日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、竹内のりひろ氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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