スペシャル・トレンドレポート

米金利の低下から、「米ドル/円」戻りは限定的(竹内 典弘氏)

2020年5月8日
チーフディーラー :「ここにきて、グローバルで株価は戻り歩調、ただ「米ドル/円」は上値重く推移するけど、これはなぜ?」
アシスタント・マネージャー :「単純に米金利の低下からでしょう」
チーフディーラー :「原油価格も持ち直しているけど、先月は一時マイナスで取引されていたからね」
アシスタント・マネージャー :「おっしゃる通りです。貯蔵施設の枯渇から、お金を支払って、原油を引き取ってもらおうとしたためです。原油価格の低迷はこの先のリスク要因に変わりありません」

3月の四半期末を前にした米ドル需給のひっ迫から、3月24日(火)に戻り高値111.71円まで上昇していた「米ドル/円」は、その後下落に転じた。日本がGW中の5月6日(水)には105.99円まで下落、軟調に推移している。4月に入り、各国での利下げや量的緩和が功を奏し、グローバルで株式市場は持ち直し、リスクセンチメントは幾分改善しているはずだか、なぜだろうか。

新型コロナウイルスは、特に南欧など一部の地域では、感染者数の増加がピークアウト、条件付きながら経済活動の再開が発表されている。ただ、新型コロナウイルスに感染し、一時集中治療室にまで入っていた英国のジョンソン首相が、経済活動の再開に慎重なように、失われた需要も含め、企業活動や個人消費がすぐに元に戻るわけでもない。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
※インディケーターは筆者開発のTwinCloud®で売買シグナルを出すことが可能。太さの変わる2本の移動平均とお考え下さい。

世界経済の行方を占うという観点から、示唆的であったのは、4月のWTI(原油先物価格)の動きだ。限月交代という特殊要因も重なり、WTIの5月限は、4月20日(月)に1983年の上場来、初めてマイナス圏での取引が成立、ザラバでの下げ幅を一時マイナス40.32米ドルまで拡大した。引けこそマイナス37.63ドルまで戻したものの、金融市場は一時混乱に陥った。

このまま翌日21日(火)期日(満期)をむかえた場合、反対売買(決済)しない買い手は原油の現物を引き取らなければならず、マイナスになっても売る必要があった。エアラインの減便・欠航からジェット燃料が、外出制限からガソリンまでもが急激な需要減となり貯蔵施設がいっぱいとなり、原油の引き取り手がいなくなったことが指摘されている。

WTIの6月限は足元で24米ドル台まで戻しやや底入れ、こちらはこの先1か月で需給が改善、貯蔵施設に空きがでるという前提だが、場合によっては同じことが発生する可能性が排除できない。シェール・オイルの増産から今や米国は原油の順輸出国に転じるが、シェール・オイルの採算ラインは高く、現状の原油価格が続く場合、多くの油田はコスト割れとなる。

原油先物価格が30米ドル割れと低迷した2016年2月には、多くのシェール関連企業が資金繰り悪化から経営破たんしている。もともとシェール関連企業の信用力は低く、資金調達にも苦慮することから、今回の原油価格の低迷は同じ結果を招きかねない。引き続き、原油価格の低位安定は、金融市場ではリスク要因、「米ドル/円」ではリスクオフから売り要因となる。

チャート:筆者作成

4月27日(月)、日銀が予定を繰り上げ、日程も1日に短縮して金融政策決定会合を開催、「国債買い入れ枠の撤廃、コマーシャル・ペーパー・社債の買い入れ枠の倍増」を決定した。そもそも「国債買い入れ枠の撤廃」は事実上決定済みで、2013年の「量的・質的金融緩和」からそろそろ7年が経過しようとするなか、以下で示すように、買い入れ額は大きく減速している。

米国の中央銀行であるFRBは、3月23日(月)の会合で、米国債などの購入を無制限とする政策変更を決定している。4月29日(水)、FOMC(注)終了後のパウエル議長の記者会見では、現状の政策を追認、「米国債は必要な量を買い続ける」と明言、政府が大量の国債を発行しても、国債価格の下落からの金利の上昇は招かないとした。

(注)米国で金融政策を話し合う会合

こうしたFRBのなりふり構わない量的緩和の拡大から、FRBの総資産(米国債等の総買い入れ額、つまり市場への総資金供給量)は昨年末では4.2兆米ドルに満たなかったが、現在では6.6兆米ドルまで急拡大、前例のないペースで増え続ける。歴史を振り返ると、リーマンショック後のFRBの量的緩和の開始から、日米の資金供給量の較差は拡大、その後、「米ドル/円」は下落に転じている。

2013年以降では一転、日銀が「量的・質的金融緩和」を開始したことで、日米の資金供給量の較差が縮小に転じ、「米ドル/円」は2015年6月には戻り高値125.86円まで上昇している。今、市場で起こっていること、それはリーマンショック後と同じ展開で、この先、米ドルの余剰感から、当時と同じ軌跡をたどる可能性が極めて高い。

チャート:日銀より筆者作成

チャート:FRB、日銀より筆者作成
※FRBの資金供給量は通期で1米ドル=110円で換算

金利面からはどうだろうか。2月下旬以降の金融市場の混乱から急拡大した米ドル需要のひっ迫は、3月期末を通過したこともあり、ここにきて大きく緩和している。銀行が米ドルを調達する際の参考レートとなる米ドルのLIBOR(注)3か月金利でみると、まさに3月31日(火)には1.45%までの急上昇をみせていたが、足元では0.50%付近まで急低下している。

(注)London Interbank Offered Rateの略、ロンドン市場での銀行間取引で、資金の出し手から提示される金利のこと。米ドル需要の増加で上昇、一方で、減少では低下。国際的な米ドル需給を計るいわばベンチマーク。

背景は、FRBが3月3日(火)、緊急利下げに転じ、すでに本レポートでも指摘した通り、FRBの事実上無制限の量的緩和からで、米ドルLIBOR3か月金利は急速に低下幅を拡大させた。ここにきて企業の資金繰りはかなり改善していて、米ドルの需要は急速に縮小している。米ドル需要の後退は、米金利の低下を招き、為替市場では米ドル売り要因となる。

チャート:セントルイス連銀、ブルームバーグから筆者作成

以上をまとめると、原油市場では依然余剰感がおさまらず、変動率は依然高水準で、リスク要因として残る。FRBの量的緩和の急拡大で、日銀との緩和の較差は開き続ける。この結果、米金利も低下基調が依然鮮明で、こちらは米ドルの売り要因であった。米金利の低下という強い援軍もあり、引き続き「米ドル/円」の戻りは限られたものとなりそうだ。

竹内 典弘氏プロフィール

竹内 典弘(たけうち のりひろ)
明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。

本記事は2020年5月8日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、竹内典弘氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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