チーフディーラー | :「グローバルで株価が急落するなか、3月中旬以降、為替市場では米ドル高が大きく進行した。この背景は何?」 |
アシスタント・マネージャー | :「ヘッジファンドも含め、多くの市場参加者がマージン・コール(注)に対応するため、手元資産を現金化する流れからでした」 |
チーフディーラー | :「現金化で米ドル高?」 |
アシスタント・マネージャー | :「現金化の動きは、基軸通貨である米ドル需給のひっ迫が理由です。市場で米ドルが不足したことで、その動きが為替市場まで波及、なりふり構わず米ドルを買い入れることになったのです」 |
(注)いわゆる追証、ヘッジファンドの場合、建玉が大きすぎ全ての建玉を瞬時に決済することは無理で、一時的に取引金融機関のマージン・コールに応じる必要がある。
新型コロナウイルスの感染拡大から、人の移動が制限され、イタリア、スペイン、フランス、そして英国などでは3月中旬以降、不要不急の外出を禁止するロックダウン(都市封鎖)に踏み切った。米国でも本レポート執筆時点(4月1日(水)午前)現在、20を超える州が外出を制限、ニューヨーク州では3月22日(日)以降、州内の企業に完全在宅勤務を義務付けている。
こうしたなかで、為替市場で「米ドル/円」は3月9日(月)、早朝より売りが止まらず、年初来の安値101.18円までの急落を演じた。ただ、その後は、グローバルで大きく株安が進行するなか、大きく買い戻され、24日(火)には戻り高値111.71円までの上伸となった。本来であれば、リスクオフの展開から円買い優勢となってもよさそうな局面だが、一体何が起こっていたのだろうか。
2月下旬以降、グローバルで株価が急落、機関投資家やヘッジファンドまでもが持ち株に評価損が発生、損失を埋めるためやマージン・コールに応じるために、手持ちの資産の現金化に走った。通常こうした局面であれば、一番最初に買われる安全資産である米国債や金までもが換金の対象となり急落、米国債は下落から米金利は上昇、主要通貨に対して大きく米ドル買いが進行した。
外出制限から人の往来が滞り、商店やレストランは休業、エアラインは欠航が相次ぎ空港は閑散、企業は売り上げが急減、手元資金の枯渇から資金繰りに窮してきた。なりふり構わない現金化だけでは足りず、為替市場でも主要通貨に対して米ドルを買い入れ、資金調達する動きが継続、ややパニック的な米ドル買いが継続した。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
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こうした市場の大混乱に直面したことで、米国の中央銀行であるFRBは3月15日(日)にQE(量的緩和)の再開を決定した。これでも市場の混乱は収まらず、17日(火)にはボーイングが手元資金の枯渇から米政府に資金支援を要請、リーマンショックのあおりで2009年、GMが経営破たん、国有化された悪夢までがよみがえった。
ようやく流れが変わり始めたのは23日(月)、FRBは米国債やMBS(住宅ローン担保証券)等を「無制限」に買入れ、市場に米ドルを供給する量的緩和に一段ステージを切り上げた。市場に潤沢な米ドルが供給されたことで、米国債や金は買い戻され、米金利は低下、為替市場でも米ドルが反転下落、「米ドル/円」は30日(月)には107.12円までの大幅反落となった。
こうした一連の動きのなかで、FRBのバランスシート(総資産)は5.2兆ドルまで急拡大、この量的緩和の再開からの拡大、米金利の大幅低下要因で、「米ドル/円」では売り要因となる。ただ、FRBが買い入れの対象としているのは信用格付けの高い国債や債券だけで、金融市場の一角に目を転じると、低格付けの社債等の金利はむしろ上昇、依然市場の不安は残る。

チャート:FRBより筆者作成

チャート:セントルイス連銀より筆者作成
FRBの無制限の量的緩和策の発表もあり、短期金融市場に米ドルは十分行き渡ってきた。円を担保に米ドルを調達する取引であるベーシス・スワップでみても、その上乗せ幅(注)は3月19日(木)の1.4%弱の水準をピークに大きく縮小、米ドルの資金調達コストの低下は、為替市場では米ドル売り、「米ドル/円」でも売り要因となる。
(注)通常、基軸通貨である米ドルをそれ以外の通貨(ユーロ、円、英ポンド等を広く含め)を担保に調達する場合、上乗せ幅を払う必要がある。その時の政治経済情勢によるが、市場環境が悪化の時は大きな上乗せ幅が必要で、為替市場では米ドルの買い要因となる。

チャート:ブルームバーグ等より筆者作成
3月27日(金)、米国議会では、約2兆ドルの大型経済対策が可決成立した。米国では多くのレストランが休業、ホテルは低稼働率が継続、自動車の完成車工場も生産ラインが止まったままとなり、労働者の多くがレイオフ(一時解雇)の状態にある。こうした経済対策は、短期的な生活費を補填する狙いがあるが、全てが消費に回り経済が活性化するわけでもない。
米国の労働省が3月26日(木)発表した前週分の新規失業保険申請件数は、週間で328.3万件となり、前の週の28.2万件から急増した。ここまで急増した局面を振り返ると、第2次オイルショックの影響が色濃く残った1982年10月の69.5万件、未曽有の金融危機を招いたリーマンショック後の2009年3月の66.0万件があるが、今回の328.3万件、目を疑う数字でけた外れに大きい。
こうしたレイオフの加速を背景に、セントルイス連銀のブラード総裁は、Q2(4-6月期)に米国では失業率が1930年代の世界恐慌時を上回る30%まで上昇すると予想する。ここまで米国は好景気をおう歌するなか、景気拡大は戦後最長を更新してきた。こうした雇用情勢の大幅悪化は、失業率の上昇⇒米金利の低下という波及経路を経て、「米ドル/円」では売り要因となる。
以上をまとめると、新型コロナウイルスの感染拡大の収束にはまだ時間が必要で、WHO(世界保健機関)などから収束宣言がでたとしても、ここまで失われた需要は直ぐには戻らない。雇用の悪化も避けられず、当面米金利の上昇要因とはなりにくい。金利見合いという観点から、「米ドル/円」の戻りは限られたものとなりそうだ。

チャート:米労働省より筆者作成
竹内 典弘氏プロフィール

- 竹内 典弘(たけうち のりひろ)
- 明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。