英国は1月31日23時、EUから離脱した。そして、7月1日までに英国政府が延長を申し出ない限り、移行期間は12月31日で終了する。
今回のコラムでは、「移行期間」とはなにか?について、考えてみたいと思う。
移行期間中のタイムライン
現在分かっているイベントをタイムラインにまとめてみた。

2月25日と3月3日に?マークを付けた理由は、欧州委員会によると、2月25日の署名最終期限を2月20日に前倒す案が出ているようで、それが実現すれば交渉スタート時期も、同様に早まることになるようだ。
「移行期間」とは?
EUと英国との離脱合意は、「Withdrawal Agreement. 離脱案内容に関する合意、以下 WA」 と 「Political Declaration PD 政治的な宣言、以下 PD」に分かれている。
https://www.gov.uk/government/publications/withdrawal-agreement-and-political-declaration
WAでは、英国の離脱後に急激に貿易環境などが変わることを避けるため、移行期間を設定。この期間中に限り、英国は欧州統一市場と関税同盟に残留し、EUに対し拠出金を支払うことで合意した。
移行期間の長さは?
WAでは、「移行期間は、2020年12月31日まで」と、はっきり明記されている。そして、延長が必要であれば、最長2年まで可能である。
英国はもともと、2019年3月29日に離脱するはずであった。それが10月31日に延び、そして2020年1月31日に再度延長されたいきさつがある。そのため、最初の予定通り2019年3月29日に離脱していれば、移行期間は21ヶ月となり、交渉時間がたっぷりと確保できた。残念ながら、離脱時期そのものが遅れたので、結果として移行期間は11ヶ月に短縮された形になった。
昨年12月の総選挙で、ボリス・ジョンソン首相(以下、ボリス)率いる保守党は、「移行期間の延長をしない」ことを公約で約束した。ないとは思うが、万が一今後の交渉過程で気が変われば、7月1日より前(6月30日まで)に、延長を申し出なければいけない。欧州委員会によると、この期限を逃した場合、再延長は非常に難しいと釘を刺している。
移行期間中に変わること/変わらないこと
1月31日に英国が離脱した後、私のところにもたくさんの人から、「離脱1日目、どんな感じですか?」という質問が届いた。答えは、「何も変わっていません・・・」であった。
しかし、私個人の生活であまり関係ないところでは、変わった点がある。
欧州議会に所属していた英国籍の欧州議会議員は、全員職を失った
今後パスポートを申請した場合、今までのEUの赤いパスポートではなく、英国の紺色のパスポートとなる
EUサミットには、呼ばれない
EUでの決定に投票する権利が、なくなった
引き続き、EUには拠出金は支払うが、発言権はない
ドイツなどは、EU加盟国以外の国に対して、欧州逮捕令状による引渡しが出来ない
変わらない点としては、
移行期間中は、欧州単一市場と関税同盟には残るので、物の値段は変わらない
単一市場と関税同盟に残留するので、EU法やそれに関する欧州憲法裁の判決に従わなければいけない時がある
ヨーロッパ各国への旅行に、ビザは必要ない
飛行機も自由に飛べる
安全保障についても、移行期間中は継続して協力する
EUのデータベース使用が認められている
やはり我々の生活に直結している食料品の値段や旅行などについては、移行期間中は何も変わらないので、あまり離脱したという実感がないというのが、本音である。
英EUそれぞれの主張
2月3日、欧州委員会からバルニエ主席交渉官が、英国からはボリスがそれぞれ、今後の貿易交渉についてガイドラインを発表した。
https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/communication-annex-negotiating-directives.pdf
そこで双方のアプローチの違いが明らかになった。特にEUは、「Level playing field (LPF)」という単語を多発している。この単語については、前回1月22日のこちらのコラムで説明を加えたが、読んでいらっしゃらない方も多いと思い、もう一度繰り返すことにしよう。
この「Level playing field (LPF)」は、 移行期間中のキーワードとなることは間違いない。どういう意味かというと、「対等な/平等な競争環境」を指す。
つまり、英国がEUとの貿易で、出来る限り関税をゼロにしたいのであれば、ギブアンドテイクで、なんらかのEU規制は受け入れるべきであるという見解。言い換えれば、「英国お得意のいいとこ取りは許しませんよ!」ということであろう。そして、英国がEUと同じ土俵で戦わず、規制撤廃やルール緩和などを通して、EU市場を傷めるのであれば、関税引き上げなど、それ相応の対応をするというEUの決意表明とも受け取れる。
LPFと並び、「EU規制/ルールと完全な適合性=Alignment」も、今後頻繁に使用される単語となるであろう。覚えておきたい。
話が逸れたが、EUの規制は世界一厳しいと評判だ。そのEUの隣に浮かぶ小さな島国(英国)が、どんどん規制を緩和して税率も下げたら、EUは堪らないだろう。しかし、英国に住む人間として言わせて頂ければ、英国はEUから離脱し、第三国になる覚悟をした。そしてEU規制にもEU法にも「さようなら!」を告げた。移行期間中については、出来ることと出来ないことが決まっているので仕方ないが、それ以降完全な独立国家となった時まで、どうして他人の規則や法律に従う義務があるのか?私にもEUの言っていることが理解が出来ない。
個人的には、EUが上から目線で、何から何までEU規制、EU規制と柔軟性のない態度を繰り返すのは得策でないと考える。EU、英国、それぞれの政治のあり方は違う。それを一方的に自分達のやり方を力づくで押し付けようとするのであれば、この交渉の行き先は見えているような気がするのは、私だけか?
英国が絶対に譲れないレッドライン
2月3日のボリスのスピーチを聞いて、英国政府が譲れない点は、4点あると感じた。

新たな「合意なき離脱」リスク?
この交渉の恐いところは、今までの離脱交渉同様、「相手が折れるのを待つ作戦」を双方が取ろうとしていることかもしれない。このままで行けば、時間だけが過ぎて行き、合意なき離脱となるリスクが高まるだろう。
ただでさえ時間が足りないのに、移行期間中に協議することは、実は貿易だけでない。これに加え、漁業権・金融サービス・人の移動・安全保障が加わる。
もし、本当に何の合意もなく12月31日に離脱となれば、(北アイルランドを除く国々は)WTOに沿って貿易を行う。ただし今まで使っていた「合意なき離脱」と違う点は、WAB(EU離脱協定案)が可決しているので、市民の権利の保護・英国からEUへの手切れ金支払いの義務は、そのまま残るということだ。
ここからのポンド
ポンドの乱高下が激しい。
テレグラフ紙日曜版一面記事でポンド窓あけ下落
今週月曜日のアジア時間にポンドは窓をあけて下落したが、これは週末日曜日の英テレグラフ紙の一面で、「Johnson fury as EU reneges on deal ボリスはEUが約束を破ったことに激オコ!」 というタイトルの記事が載ったことを受けてであろう。
この報道内容を簡単にまとめると、昨年EUと英国との間で合意した「包括的貿易交渉」を達成するための条件の一部を、EUは英国に相談なしに、一方的に変更したそうである。ボリスとしては、建設的に貿易交渉を進めるつもりであったが、この一方的な条件変更を知り、強硬姿勢に出たということであろう。
この一連の動きで、交渉が始まる前から既に、移行期間中の合意が難しくなるという懸念要素が出てきたことになる。金融市場は不透明感を嫌う。ここからどうなるのか分からないのであれば、企業も投資を引っ込めるかもしれない。そうなると、英国経済は苦戦を強いられる。
ポンド実効レートとポンドを取り巻く環境
ここまでのポンドは、①1月31日に3度目の正直でやっと離脱が出来たこと、②1月に入り経済指標が改善してきたこと、③英中銀が利下げせず金利を据え置いたこと、④3月16日からベイリー新総裁に交代する。さすがに最初の理事会では政策金利のカットは、ないだろうという観測、⑤3月11日に予算案発表があり、財政拡大が約束されている。これらの材料を好感して、上昇してきた。
しかし、上述のように、実際の交渉が始まる前からEUと英国の間の不協和音が高まり続けるのであれば、当面は水色で示した78/82のレンジ内での動きになると予想する。
頭が重い展開となるのか?
繰り返しになるが、金融市場は不透明感を嫌う。一刻も双方が協力的な姿勢を見せず威嚇ばかり繰り返していれば、それら全ての不安材料を織り込むまでは、ポンドの頭は重くならざるを得ないだろう。
最後にポンド/ドル週足に200週SMAを載せたチャートをチェックしてみよう。下窓には200週SMAからの乖離を表示してみた。現在のポンド/ドルは、200週SMAをまたいだ動きとなっている。
果たして黄緑で囲んだ動き(大きく上昇)となるのか?それとも、水色で囲んだ動き(行って来いの動き)となるのか?もし、後者となれば1年間近く、一定レンジの中を何度も乱高下することになる。忍耐が必要となるかもしれない。

松崎 美子氏プロフィール

- 松崎 美子(まつざき よしこ)
- ロンドン在住の元為替ディーラー。東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。
本記事は2020年2月5日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、松崎美子氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
さらに、かかる情報・意見等に依拠したことにより生じる一切の損害について松崎美子氏、およびワイジェイFX株式会社は一切責任を負いません。最終的な投資判断は、他の資料等も参考にしてご自身の判断でなさるようお願いいたします。
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