スペシャル・トレンドレポート

ボリス内閣、多難なスタート(松崎 美子氏)

2019年8月7日

メイ内閣で外務相を務めていたボリス・ジョンソン氏(以下、ボリス)。同氏が保守党党首選で勝ち抜き、首相に就任してから2週間が過ぎた。

日本でも多くの報道がなされているが、最新のBrexit情報と、ここからの注意点をまとめてみたい。

合意なき離脱内閣

7月23日に正式に首相就任したボリス。その週末のタイムス紙一面に、War Cabinet(戦時内閣)というセンセーショナルなタイトルをつけた記事が紹介された。

そこでは、「いかなる形にせよ、10月31日にEUを離脱することを最優先にする」ことを政府の基本方針と設定し、本格的に動き出すという内容の記事が載っていた。

War Cabinet (戦時内閣) という表現は、第2次世界大戦当時のチャーチル首相率いる戦時内閣を、そのまま引用したと想像される。

ボリスWar Cabinetのメンバーは以下の6名である。

ボリス首相
ジャビッド財務相
ラーブ外相
ゴーブ・ランカスター公領大臣
バークレーBrexit担当相
コックス検事総長

この6名に加え、議会の嫌われ者であるカミングス氏が、首相上席アドバイザーとして参加するようだ。

悪名高いカミングス氏

英国議会で最も危険人物と呼ばれているのが、カミングス氏。同氏は、2002年くらいから保守党議員のキャンペーン・アドバイザーとして活躍する人物。別名:キャンペーンの達人と言われており、この人の手に掛かったキャンペーンは、「負けなし」と言われている。

最もその功績を認められたのは、2016年国民投票であった。当時は、離脱チームのキャンペーン長を務め、「EUに拠出金を支払う必要がなくなるので、毎週3億5000万ポンドが英国の医療制度 (NHS) に使用可能となる」 というキャッチをロンドンの赤い2階建てバスの側面に書き込んだ。この分かりやすいキャッチをそのまま信じた英国民の投票により、予想外の離脱を引き寄せた。

しかし、国民投票後、「あのキャッチは、100%正確ではなかったかもしれない。」と暴露。同氏を取り巻く問題はこれだけでは終わらず、キャンペーン期間中に、Facebookとデータ分析専門会社:ケンブリッジ・アナリティカ社による個人データ収集と使用の疑いが露出。そして、同氏が大学卒業後働いていたロシア・コネクションを使い?、ロシアのフェイク・ニュースとの関わりも報道されるようになった。

これらの情報を使い、国民投票結果が操作された疑いがあるとして、英国議会は同氏に議会証言を命じた。しかし、証言をすっぽかし、議会侮辱に認定された悪評高い人物である。

https://publications.parliament.uk/pa/cm201719/cmselect/cmprivi/1490/149003.htm

https://www.parliament.uk/business/committees/committees-a-z/commons-select/digital-culture-media-and-sport-committee/news/cummings-special-report-published-17-19/

議会では、これだけの危険人物が首相の主席アドバイザーとなれば、機密情報の漏えいリスクがあるため、同氏の権限制限に対し、議会で採決が行なわれる可能性あるとも言われている。

合意なき離脱、英国連合王国崩壊リスク

ボリス首相は、「メイ前首相のBrexit案は議会で3回続けて否決されている。その最大の理由は、南北アイルランド国境問題を解決するためのバックストップ案を、英国議会が認めないからである。そのため、バックストップ案を破棄し、イチからBrexit合意案を作成しなおしたい。それをEUが認めてくれないのであれば、10月31日にいかなる形でも、英国はEUから離脱する。」と、就任早々発表している。そして、政府のデフォルトBrexit案は、「EUと合意できず、英国が50条を破棄しない場合。或いは、交渉期間の再延長が認められない場合。その時は、10月31日に合意なき離脱を実行し、EUから離脱する。」と決定された。

この発表に危機感を抱いたのが、南北アイルランドであり、スコットランドである。

南北アイルランドからの発言

発言内容を紹介する前に、基本的なことを説明しよう。北アイルランドは、ナショナリストとユニオニストというグループに分かれている。

ナショナリストとは、カトリック教徒であり、南北アイルランド統一を支持。
代表的な政党は、昔はテロ組織と知られていたシン・フェイン党。

これに対し、ユニオニストは、スコットランドやイングランドから移住してきたプロテスタント教徒が多く、英国連合王国に留まることを希望。
代表的な政党は、英国議会で保守党に閣外協力をしているDUP党。

先月末、シン・フェイン党のマクドナルド委員長が、スピーチをした。
https://www.sinnfein.ie/contents/54530

発言をまとめると、「ボリス内閣の合意なき離脱支持を受け、英国連合王国帰属を支持するユニオニストの間でも、イングランドに背を向け、アイルランド共和国の支持を仰ごうとする動きが広がってきている。」というショッキングな内容であった。

そして、その数日前に、アイルランド共和国のバラッカー首相は、「合意なき離脱が現実味を帯びてきているのであれば、アイルランドは南北の統一を目指すことも、考慮すべきである。」と語っている。そして、同首相は、副首相に対し、南北統一についての調査を依頼したとも伝えられている。

英国連合王国の一員である北アイルランドで、独立をかけた住民投票を実施する場合、ボリス首相率いる中央政府の許可が必要となる。しかし、ベルファスト合意によると、北アイルランドが南(アイルランド共和国)と国境問題を避けるために統一を希望するのであれば、英国政府は北アイルランドに対し、住民投票、或いは国境問題に関する投票実施を義務付けているそうだ。

スコットランド独立に関する週末の世論調査結果

8月5日の英国各紙が報道したニュースの中で、注目度が高かったのが、スコットランドで行われた独立に関する世論調査結果であった。

2014年に実施された 「スコットランド独立に関する住民投票」では、賛成44.7%、反対55.3%で独立反対となり、その後もずっと、独立反対が優勢を占めてきた。

しかし、週末に行われた調査結果によると、独立賛成 52%に対し、反対48%と、逆転。

出典:数々の報道

果たして、スコットランドや北アイルランドが、住民投票を実施するのか、現時点では何とも言えないが、英国連合王国崩壊というシナリオは、まだマーケットに織り込まれていない。

実現した場合は、もう一段のポンド安になることは、避けられないだろう。

合意なき離脱阻止に向けた数々のアイデア

残留支持議員たちが、指をくわえてボリス内閣の動きを見ているだけだと思ったら、大間違いである。合意なき離脱を是が非でも食い止めるため、議会では夏休み返上で、いろいろ動きが出ている。ここでは、いくつかご紹介したいと思う。

解散総選挙は無理

一般的な見解として、7月25日の議会最終日に労働党コービン党首が内閣不信任案動議を提出しなかった時点で、10月31日の離脱日にまでに解散総選挙を実施することは、日数的に不可能と言われている。

その根拠となるのが、英国会図書館のサイトに載っているこの記事。

https://commonslibrary.parliament.uk/parliament-and-elections/elections-elections/when-might-an-early-general-election-take-place/

これによると、9月3日の議会再開日に労働党が内閣不信任案動議を提出しても、日数的に10月31日までに総選挙の実施は、不可能だと切り捨てている。

交渉期間延長で切り抜ける

10月31日までに日数が足りないのであれば、交渉期間延長を10月17日からのEU首脳会談(サミット)で要請すれば問題なし! という意見がある。

ユンケル欧州委員会委員長の後任となったドイツ人のフォンデアライエン委員長も、交渉期間延長には前向きな方である。

解散総選挙を実施し、「残留内閣」樹立を企てる

週末のタイムス紙日曜版一面に載っていた記事。「英議会の残留支持議員たち。解散総選挙となれば、保守党の離脱支持議員100名を落選させる作戦会議」 という感じのタイトルが出ていた。

8月1日に、英西部(ウェールズ)ブレコン・アンド・ラドノーシャー(Brecon and Radnorshire)選挙区で行われた補欠選挙では、離脱支持の保守党現役議員と、残留支持の自民党候補による二択となり、残留支持の緑の党とプライドカムリ党は敢えて立候補者を出さず、残留支持候補を自民党に譲り、見事に当選させた。

今後もし解散総選挙が実施された場合、2017年総選挙で、Brexit支持の保守党議員が1位当選した選挙区の中で、 2位との差が僅差の選挙区を100 選ぶ。そして、最も投票数が高い勝てそうな残留支持議員を一人だけ立候補させ、1位当選の保守党離脱議員を落選させる・・・という作戦である。この作戦の重要な点は、残留支持議員の中でも、2度目の国民投票実施支持の議員に優先権が与えられる模様。ただし、労働党とスコットランドSNP党は、この超党派グループには参加しないということである。

ボリス人気で保守党の議席数が大きく伸びると予想されているが、もしこの作戦が当たれば、結果はかなり変わってくるだろう。

解散総選挙をせずに「残留内閣」の樹立を企てる

時間がかかる解散総選挙などせずに、新しい残留内閣を立ててしまおう! そういう意見が出てきた。それは、FTPAの14日間の間に「残留内閣」発足を狙うやり方である。

FTPAとは、Fixed-term Parliaments Act 2011(2011年議会任期固定法)のことを指す。
https://publications.parliament.uk/pa/cm201719/cmselect/cmpubadm/1813/181306.htm
https://publications.parliament.uk/pa/cm201719/cmselect/cmpubadm/1813/1813.pdf

どういうことかと言うと、2010年総選挙で保守/自民の連立政権が誕生したことを受け、君主(エリザベス女王)による議会の解散大権は失われ、議会議決以外の首相による解散権行使というシステムも同時に廃止した。

この固定法では、最初の内閣不信任が決定されてから、14日間の「組閣期間」が設けられている。つまり、内閣が倒れたあとに、新内閣の組閣を試みる期間が用意されているということである。

そこで、9月3日の議会再開時に内閣不信任案動議を提出し、投票する。仮に不信任となれば、通常であれば解散総選挙となるところを、固定法に基いた「14日間の組閣期間」を用いて、超党派による「残留内閣」を発足させるということであろう。

ここからのマーケット

ボリス内閣の強硬姿勢を嫌気して、ポンドはフリーフォールとなっている。やっと一旦止まったようにも見えるが、合意なき離脱に向けた景気低迷をサポートする目的で、財政政策の拡大をジャビッド新財務相が発表した。そこにきて、先週の英中銀Super Thurdayでは、前回5月時の金利上げ予想から一転し、早ければ11月にも利下げへと変化し、金融政策も「緩和方向」へ舵が切られた。

通常、財政政策と金融政策はお互いが均衡を保つように運営されるべきものであるが、今の英国はともに「緩和方向」となり、これは通貨安を引き起こす悪い材料となっている。

言い換えれば、ここ2~3週間の間に起きたポンド安は、表面的には合意なき離脱相場による下落と解説されているが、本当のところは、「ラテンアメリカ各国の通貨安を引き起こした財政/金融政策ミックス」が英国でも導入されることを嫌気したポンド売りと言える。これは根が深い。

このチャートは英中銀が毎日更新しているポンド実効レートであるが、2016年国民投票後の安値ギリギリまで来てしまった。

チャート:英中銀ホームページ

次に、ポンド・クロスのチャートを比較してみよう。全て週足チャートとなっている。

上の2つは、ポンド円とポンド/ドル。今週金曜日の終値次第であるが、もしかしたら一旦下げ止まりが期待できそうな形になっている(と言っても、執筆時は月曜日であるため、まだまだ予断は許さない)。

それに対し、下段の2つは、ユーロ/ポンドとポンド/スイスであるが、重要なレジスタンスやサポートをポンド安方向で抜けており、回復には時間がかかりそうに見える。

チャート:筆者作成

少なくとも、下の2通貨ペア(ユーロ/ポンドとポンド/スイス)が回復しない限り、ポンドの頭は重い状態が続きそうだ。

当然であるが、合意なき離脱を阻止できる突破口のようなものが見つかれば、ショートカバーで急騰する可能性が高いため、ニュースにはくれぐれも気をつけたい。

松崎 美子氏プロフィール

松崎 美子(まつざき よしこ)
ロンドン在住の元為替ディーラー。東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。

本記事は2019年8月7日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、松崎美子氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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