チーフディーラー | :「豪州は良好な経済指標の発表もあったけど、豪ドル/円の上昇は続かないね」 |
アシスタント・マネージャー | :「そうした場合、足を引っ張る複数の要因が存在するのは明白ですから、これからご説明します」 |
チーフディーラー | :「…。」 |
アシスタント・マネージャー | :「今回の場合、微妙に政治の不透明感も台頭してきました」 |
未曽有の金融危機を招いたリーマン・ブラザーズの破たんから、9月15日(土)で10年の節目を迎えるなか、世界景気は米国がけん引する格好で極めて良好だ。ただ、新興国市場に目を転じると、南アフリカでは2四半期連続でマイナス成長となりリセッション(注)入りが確定した。
(注)景気後退局面、実は明確な定義は存在しないが、欧米では国内総生産(以下、GDP)が2四半期連続でマイナス成長となった場合を、リセッションとみなしている。
豪州景気はオーストラリア準備銀行(以下、RBA)の卓越した金融調節が奏功し、リーマンショック後も何とリセッションに至っていない。歴史上、豪州でリセッションを経験したのは実に1991年までさかのぼらなければならず、これは豪州が27年にわたり景気拡大を継続してきたことを意味する。

図表:豪州統計局より筆者作成
RBAは9月4日(火)の金融政策委員会で政策金利を23会合連続で過去最低の1.5%に据え置いた。同時に公開された声明文でも国内・海外経済や国際金融市場への見方にはおおむね変化はなかった。
こうしたなかで、8月29日(水)、四大銀行の一角を占めるウエストパック銀行が変動の住宅ローン金利の引き上げに動いた。これに続き9月6日(木)にはオーストラリア・ニュージーランド銀行とコモンウェルスバンク・オブ・オーストリアが同様に引き上げを決定した。
中央銀行であるRBAが利上げをしたわけでもなく、利上げを示唆したわけでもないのに、住宅ローン金利の引き上げで両日共に豪ドル/円は売られた。これは改定前の住宅ローンの金利水準自体が銀行経営上、「採算が合わない」ことが背景にある。
豪州の主要都市でみた場合、不動産価格はピークアウトしている。住宅ローン金利の引き上げで、今後「借り手の焦げ付きが相次ぎRBAは利上げに踏み切れず、現在の史上最低水準の政策金利を当面据え置くとのロジックからのようだ。
さらに市場には、ナショナル・オーストリア・バンクも同様の措置を検討との観測も流れ、こちらがさらに豪ドル/円の戻りを重くしている。
9月5日(水)に発表された豪州の第2四半期のGDPは前期比+0.9%と第1四半期の+1.1%からはやや減速したが、前年同期比で+3.4%と約6年ぶりの高水準を記録した。こうした力強い成長が確認されたことで、豪ドル/円は直後にこの局面の高値80.57円を示現したが、その後はさえない。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
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トランプ大統領は9月7日(金)、中国に対し第4弾となる2670億ドルの追加関税を示唆し、米国の中間選挙を11月に控え振り上げた拳は降ろせない。米国では景気拡大局面が7月で10年目に入り、史上最長の120か月が視野に入る。
豪州は、最大の輸出入先である中国景気の影響が極めて大きい。その中国景気は貿易摩擦の影響もあり減速が鮮明だ。貿易摩擦の当事国である米中を代表する株価指数であるダウ工業株30種と上海総合指数のパフォーマンスは大きくかい離し、景気実態の差が鮮明となってきた。

チャート:筆者作成
中国景気の減速を反映する豪ドルの価値は、年初より大きく減価している。主要7通貨の年初来の騰落で判定した場合、対円に対して一番売られてきたのが豪ドルだとわかる。

図表:筆者作成
こうした中国景気の変調は、商品市況にも現れ始めた。その一角をなす銅の先物価格をみると6月の高値よりすでに20%もの下落を演じ、調整局面入りとなった。銅は住宅建材・自動車等の広範な分野に使用され、景気の先行指標として幅広く認知されている。
中国は銅の消費全体の約50%を占める世界有数の消費国で、すでに米国から関税の制裁対象となった自動車や工作用ロボット等にも銅は必需の部材で、ここにきての銅価格の低迷は、中国景気の減速を先取りした動きに他ならない。

チャート:筆者作成
ここに豪州では政治の不透明感が漂う。8月下旬にはわずか1週間の間に2度の党首選が実施されるという珍事が発生、最終的に8月28日(火)には前財務相のモリソン氏率いる新内閣が発足した。
モリソン新首相は政策的にはターンブル前首相に近く、財務相を経験していることから、金融市場はその政策を悲観視していない。ただ、来年5月までに実施されるとみられる総選挙を見据えた場合、政権交代からの政策変更のリスクは今後の豪ドル/円の重しになりそうだ。
米国では9月7日(金)に8月の雇用統計が発表され、そのなかで平均時給の前年比伸び率が急伸、2.92%と約9年ぶりの伸び率を記録した。今年2月2日(金)に発表となった1月の同数値が2.77%と上振れ、米金利上昇から米株やクロス円が総崩れとなった記憶がよみがえる。
失業率がリーマンショック後の最低水準まで低下するなか、8月の結果がその1月の水準を大きく上回ったことで、市場では再び米金利は上昇し、警戒モードが漂ってきた。

チャート:米労働省より筆者作成
政策金利のすう勢を反映する2年債の金利差ではどうだろうか。RBAの利上げが当面見込めないなかでは、日豪の金利差も拡大は見込めず、豪ドル/円の上昇は見込みにくい。

チャート:筆者作成
以上をまとめると、米国で中間選挙を控えるなかでは、米中の貿易戦争が早期に両者が納得するかたちで妥結するとは考えにくい。米国は中国の知的財産権侵害を特に問題視していて、これに関しては中間選挙というのは一つの節目とみるべきだろう。
金利面からも豪ドルの魅力は大きくはく落していて、政治の混迷も重く影を落とす。米国で平均時給の前年比伸び率が急伸したことで、米株には調整圧力がかかりやすいが、ここに米株のパフォーマンスは9月が一番悪いという現実がよみがえる。これは「決算対策からの株売り」で歴史が物語る。
豪ドル/円は当面下値模索の展開が継続し、75円が視野に入りそうだ。
竹内 典弘氏プロフィール

- 竹内 典弘(たけうち のりひろ)
- 明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。 1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。 相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。