チーフディーラー | :「5月の香港でのプレゼンも好評だったし、ユーロの下落もほぼ予想通りの展開じゃないか」 |
アシスタント・マネージャー | :「今回は少し背景が違いますけどね」 |
チーフディーラー | :「…。トルコリラの急落か?」 |
アシスタント・マネージャー | :「それもありますが、その他の複合要因もここからは特に重要です」 |
年初に1.25ドル台を3度試した「ユーロ/米ドル」だが、その後はさえない。この2か月程、1.15/1.18ドルの水準でレンジが継続していたが、8月10日(金)の日本時間の午後2時過ぎに、当面のサポートとみられた1.15ドルをあっさり割れた。その後も下落は続き、1.15ドルに次いで1.14ドルも割れ、約半日の間に大台を2つ突破した。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
※インディケーターは筆者開発のTwinCloud、太さの変わる2本の移動平均とお考え下さい(以下同)。
背景は様々だが、ECB(欧州中央銀行)の利上げが遠のいたことが大きい。年初1.25ドル台を試した原動力は最短で年内のECBの利上げだったが、6月14日(木)のECB理事会で「政策金利を最短でも2019年夏まで据え置く」と発表しサプライズ、急落を演じた。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
春先にストライキ、南欧での降雪、インフルエンザのまん延、イースター休暇の日程のずれ等から経済指標は軒並み鈍化から悪化した。2017年後半の急回復の反動等との指摘が有力で、幸いにもここにきてユーロ圏のGDP(国内総生産)等の指標には回復がみられる。
こうした傾向が続くなかで、象徴的なのはユーロ圏PMI(注)の低空飛行だ。その5月の数値は実に54.1と2017年1月以来の水準まで落ち込んだ。下記のチャートを見れば一目瞭然だが、本レポートの5月の水準からほとんど回復していない。これは米中に端を発する貿易戦争に企業心理が悪化していることに他ならない。
(注)Purchasing Managers’ Indexの略で、日本語名では「購買担当者景気指数」。製造業などの購買担当者へのアンケート調査をまとめ指数化したもの。

チャート:Markit等より筆者作成
一つの通貨の方向性を考えるうえでは、他の主要通貨や場合によっては新興国通貨の動向も考慮に入れなければならない。年初から新興国通貨の下落が顕著だが、ここにきてTRY(トルコリラ)が急落している。8月10日(金)には対円で前日比では一時20%近い急落と、かつて経験したことのない暴落をみた。
トルコの場合、慢性的な経常赤字国で海外からの継続した資金流入が担保されない限り通貨安となる。今回の暴落、米国人牧師を巡る外交問題もあるが、エルドアン大統領の強権政治と中央銀行の政策に公然と介入する姿勢が招いた結果だ。
こうした政策への不信感は強く、海外投資家中心にトルコへの投資は敬遠から大きく減速している。トルコの場合、中央銀行の外貨準備も十分ではなく、市場関係者は米ドル売り、トルコリラ買い介入でここまでの市場の流れを変えられるとはみていない。こうした背景からトルコリラはやや底が見えなくなってきた。

チャート:YJFX! MT4チャートより筆者作成
ここで一番懸念されるのは、地理的、経済的に結びつきが強い欧州への悪影響だ。トルコリラの急落に端を発した今回の「トルコショック」が一国の通貨の暴落にとどまらず、欧州の金融システムを揺るがす事態に発展しかねない情勢になってきた。
以下にトルコ向けの各国別の銀行融資残高の比率をまとめてみたが、政治や信用不安がたびたび取り沙汰されるスペインやイタリアといった南欧の銀行の与信残高が、高水準であるという点に注意を要する。
トルコからの資金流失は国債売りにも波及し、銀行が保有する資産の劣化につながり銀行の経営体力をむしばむ。既にトルコ向けの融資残高の多いイタリアのウニクレディトの株価は、ここにきて大きく下げている。

図表:BIS(国際決済銀行)より筆者作成
欧州ではここから秋に向けて、各国で来年度の予算審議が本格化する。イタリアでもポピュリスト2政党が率いる新政権が、主要閣僚を交えて財政運営の基本政策の議論を開始した。
この2政党は、失業者に月780ユーロの最低所得補償をコミットし、福祉予算も拡大する。更に法人・所得税を20%、15%の2段階に簡略化し減税を公約する。こうした政策は莫大な財政支出を伴い、ここまで現地紙の試算は年650億ユーロの負担増と報じる。
このばらまきを嫌気し、5月下旬には既にイタリア国債は暴落に近い下げを演じ、「ユーロ」は大きく売られていた。その後、市場はやや落ち着きをみせてはいるが、秋に向け財政規律を厳しく重んじる欧州委員会との対立は必至で、再びイタリア国債は売りの洗礼を浴びる可能性が高い。
こうしたイタリア国債の売りは流通利回りの上昇を意味し、信用度の高いドイツ国債との利回り(金利)差は拡大となる。こちらは信用力の格差拡大から、単純に上述の5月の動きと全く同じでユーロの売り要因に直結する。

チャート:筆者作成
※金利差の単位はbp(ベーシスポイント)、100bp=1%
米国では9月のFOMC(連邦公開市場委員会)での利上げがほぼ確実視され、12月も今年4度目となる利上げが視野に入る。利上げが遠のいた欧州との金利差は拡大する一方で、政策金利の動向を色濃く反映する米独の2年債金利差は実に30年振りの水準まで拡大してきた。
通貨ユーロが導入されたのが1999年であることから、この金利差は「ユーロ誕生以来では最も拡大した金利差水準」といえる。米国では2019年に入っても継続的な利上げが見込まれることから、「ユーロ/米ドル」では米ドルの優位性は高まるばかりだ。

チャート:筆者作成
※金利差の単位はbp(ベーシスポイント)、100bp=1%
こうした背景もあり、IMMの通貨先も市場では「ユーロ」の買い残高は4月17日(火)の151476枚をピークに急減少、売り越しに転じるのも時間の問題となってきた。

チャート: CFTCの公開する建玉等の数値から筆者作成
欧米間での貿易摩擦だが、7月26日(木)にユンケル欧州委員会委員長とトランプ大統領が「貿易摩擦の緩和で合意」と発表した。これを好感し「ユーロ」は一旦買い戻されたが短命に終わった。
以上をまとめると、「ユーロ/米ドル」に当面浮上する要因を見出すのは厳しい。更に、ここに世界各地で記録される猛暑だが、欧州ではアフリカからの熱波が襲う。既に減速が示唆される欧州景気には予想外の痛手で、GDPを押し下げる要因となってきた。初秋に向け、「ユーロ/米ドル」はレンジを切り下げ、1.10方向への展開が濃厚となりそうだ。
竹内 典弘氏プロフィール

- 竹内 典弘(たけうち のりひろ)
- 明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。 1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。 相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。