(先月のレポートからの続編)
チーフディーラー : 「君の指摘通り微妙な日銀の政策スタンスの変化、ここにきて現実的になっているね(←内心昇格させたことに安堵)」
アシスタント・マネージャー : 「そもそも、ここからの日銀の政策変更、追加緩和というカードはあり得ません」
チーフディーラー : 「では中銀の政策変更を加味した為替トレード、有望株は?」
アシスタント・マネージャー : 「円買いかユーロ買いだと思います。それ以外に一つ付け加えるとすれば、ここからのトランプ政権の通商政策が重要です」
外資系金融新卒入社組であればOJT(注)の真っ最中のはずだが、既に実績を見込まれ自身の配属先がほぼ確定したアシスタント・マネージャー。ここからのダークホース的な相場変動の要因は主要中銀の政策変更に加え、「トランプ政権の通商政策」だという。
(注)On the Job Training、職場の実地研修を優先する新人研修。表向き現場研修だが、企業経営的に当然適性判定にも広く使われている。
為替市場では、2017年初頭の動きが「米ドル」買いでキックオフし、その後失速した様に、年明け最初の1週間の動きが年間を通じてみると、所謂「ダマシ」で終わるケースは多い。
本年2018年もグローバルでの株価上昇を背景とした広範なクロス円の買いで始まったが、ふたを開けてみればその流れは継続せず霧消した。例年通りの通説を再確認し、その後は「米ドル安」が鮮明となった。その「米ドル安」を誘発した背景を分析してみると、今年の相場展望に薄日が差してくる。
トランプ大統領は既に昨年12月22日(金)に“Tax Cuts and Jobs Act 2017”(邦訳名「2017年減税と雇用法」)に署名、2018年1月1日(月)より施行となった。大統領就任以来の大きな実績で、議会通過前にはアラバマ州上院補欠選挙で共和党候補のロイ・ムーア氏が敗北、上院の1議席を失った。減税法案の議会通過がやや懸念されたが、無事に法案は議会を通過した。
大手政治サイト、リアル・クリア・ポリティクスからみるトランプ大統領の「支持率」は、昨年の就任時の44%より徐々に低下、議会採決前の昨年12月13日(水)には直近で最低の37.0%に到達した。
この偉業にもかかわらず、減税法案署名後でもピークで40.5%と、スコア上ここまで最大値でわずか3.5パーセンテージポイントしか回復していない。以下は「米ドル/円」と「トランプ大統領の支持率」の推移だが、『支持率がほぼ「米ドル/円」の先行指標』として機能していることが分かる。

チャート:筆者作成
約30年ぶりとなる税制改革を成立させたが、支持率の押し上げには直結しておらず、政権の支持基盤の浮揚・拡大には程遠い。こうした環境下では最高政策執行者である大統領はその成果を対外政策、トランプ大統領でいえば北朝鮮政策、そして通商政策等の強硬路線に傾斜しやすい。
ホワイトハウスは1月9日(火)にトランプ大統領が1月23日(火)スイスで開催される「世界経済フォーラム年次総会」(通称ダボス会議)(注)に出席すると発表した。現職の大統領としてはクリントン元大統領以来18年ぶりとなる。
(注)政治指導者、多国籍企業の経営者等が一堂に会し、グローバルで喫緊の経済問題等を議論する場。広く情報発信する場だが、発言内容次第で出席者はプレゼンスを高められる最大のメリットがある。
サンダース大統領報道官が伝えるところによれば、「米国第一主義」を広く国際社会に喧伝する場とするらしい。年明け以降カナダ、メキシコを含めたNAFTAの再交渉は暗礁に乗り上げ、再び通商政策への取り組みが危惧され始めた。
米財務省の統計によれば昨年10月末の中国の米国債の保有残高はここまで1位の日本を抜いた。現在では世界第1位でその保有額は約1.2兆ドルまで膨らみ、その保有動向は「米ドル」相場の行方を左右する。

チャート : 米財務省Tic Dataより筆者作成
1月10日(水)欧州時間に、「中国当局筋、米国債購入の一時停止、または減額も検討」と報じられ、やや緊張が走った。この報道は翌日には否定されたが、依然このニュースはくすぶり続けている。
昨年6月6日(火)には同じく中国当局者より「適切な環境下で米国債保有を増やす用意」とも報じられている。一部の市場関係者の間では、こうした中国の姿勢の変化をトランプ政権への「通商問題へのけん制」発言と捉える向きも多い。
毎年恒例のユーラシアグループが指摘する2018年の10大リスクのトップは、米国第一主義で世界への影響力が低下した「米国に代わり、中国が世界秩序の構築に着手」としている。
中国の米国債投資が仮に減額されると、米国のファイナンス(資金調達)に莫大な影響が及ぶ。資金流失は「米ドル安」に直結することから、こうした報道には今後十分注意しておきたい。

図表 : ユーラシアグループのレポートより筆者作成
前後するが、1月9日(火)、日銀は公開市場操作で何の前触れも無く、「残存10-25年以下」と「残存25年超」それぞれ100億円ずつ減額した。この公開市場操作は広義の金融調節で日銀金融市場局が取り仕切る。こちらは金融政策を広く議論し、政策金利に反映させる日銀金融政策決定会合の政策委員の判断は影響しない。
それでもこの報道に投機筋が飛びつき、その後も「米ドル/円」は売られ、価格は低位安定で推移している。こうした現状を踏まえると、上述アシスタント・マネージャーから指摘のあった『微妙な日銀の政策スタンスの変化』は今後も意識されやすい。

チャート:YJFX!MT4チャートより筆者作成
では金利面ではどうか。米国の金融政策を担うFRB、既に米景気の拡大は9年目に突入し引き締め路線は継続、2018年末にかけて市場コンセンサスで3度の利上げが見込まれている。昨年夏に小売売上高等を筆頭にやや落ち込んだ経済指標は全般広く持ち直し、好調な結果が継続している。
一方で米大手金融JPモルガンやゴールドマン・サックスは、その利上げ回数は4度と見込んでいる。こうしたなかで、FF(フェデラルファンド)金利先物からみる市場の利上げの織り込みは、足元で2.4回を織り込んでいる。
以下はその織り込みと「米ドル/円」の推移だが、鮮明なのは利上げの織り込みが進むなかで「米ドル/円」は上昇するどころか下落に転じているという点だ。米国の引き締め・利上げが「米ドル」高に繋がらない構図が鮮明だ。

チャート:筆者作成
以上をまとめると、米中関係が国際政治の観点からの焦点になり、米国の通商政策が貿易問題にフォーカスしそうな勢いとなってきた。好調な米景気からの利上げの継続もかなり織り込まれ「米ドル/円」は米国の短期金利の上昇というポジティブな要因にも反応しづらくなってきた。加えて日銀の微妙な姿勢の変化までが意識され始めた。「米ドル/円」の上昇余地は限られ、更なる下落リスクには注意しておきたい。
竹内 典弘氏プロフィール

- 竹内 典弘(たけうち のりひろ)
- 明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。 1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。 相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。