12月4日(月)は英国、そしてEUにとっても非常に大事な1日であった。今月中旬に開催されるEU首脳会談(以下、サミット)では、是が非でもBrexit交渉ステージ1の合意が望まれる。それに向けて話し合いの場となったワーキング・ランチへの参加者は、英国側からメイ首相。EUからはユンケル欧州委員会委員長とバルニエ主席交渉担当官。果たして、結果はどのようになったのか?それについて、書いてみたいと思う。
交渉ステージ1とは?
Brexit交渉には2つのステージがある。ステージ1の内容は、
- 英国からの手切れ金の額
- 在英EU市民、在EU英国市民の権利と欧州司法裁の関与
- アイルランド国境問題
EU側は3点全てが解決しない限り、交渉ステージ2には、一切進めないと警告している。ステージ1の中でも一番厄介な国境問題について、アイルランド共和国は、南北間で検問が必要となるハードボーダーは、絶対に設置しないという約束書を、英国政府から正式に受理することを条件に加えた。もし、これが守れなければ、同国は今後の交渉全てに拒否権を発動すると語り、トゥスクEU大統領もこの権利を認めた。

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特に難しいアイルランド国境問題
国境問題の複雑さについては、前回11月29日(水)のコラムで書いたので、それを参照して欲しい。
ここでは、安全保障という面ではなく、政治的な面に焦点をあてて説明したい。
メイ首相は6月に解散・総選挙を実施した。英国議会は650議席(過半数325)で、選挙前の保守党は330議席を有していた。今後、度重なるBrexit関連法案の通過をより安定したものにするため、メイ首相は議席増を賭けた解散・総選挙に打って出た。しかし、結果は315議席となり、過半数割れという散々な結果となった。保守党は少数派政権の道は取らず、思想が似通った北アイルランドのDUP党に近づき、閣外協力関係を結んだ。

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ここで大事な点は、北アイルランドの主要政党は、宗教で分かれている。プロテスタント系で英国連合王国に所属することを望むUnionist(ユニオニスト)と、カソリック系でアイルランド共和国と統一することを望むNationalist(ナショナリスト)だ。英国保守党と協力関係にあるDUP党はユニオニストであり、Brexit後も北アイルランドは英国連合王国に残ることを強く願っている。そして、スコットランドやウェールズと同じ扱いを受けることを閣外協力の条件にしていて、国境問題で特別扱いされることは断固として許していない。
噂で高騰した英ポンド
メイ首相とユンケル委員長とのランチ中、突如英ポンドが高騰した。調べてみると、ある通信社が、「国境問題で合意できる見込み」「EUと英国、国境問題で合意。早ければ月内にも貿易交渉へ」というヘッドラインを載せたからだった。あとで分かったことだが、この内容はアイルランド共和国政府が保有していた合意テキスト文書であったらしく、ランチの前日12月3日(日)の時点で既に、英国のメイ首相とEU側との間では合意が取り付けられていて、すでにテキストとして文書化されていたことが暴露された。

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しかし、冷静に考えれば、シングル・マーケット/関税同盟ともに離脱を希望する英国が、どうやって国境問題で合意できるのか?その後出てきた報道によると、北アイルランドはアイルランド共和国と国境を有しているため、貿易面をはじめとして今後もアイルランド共和国が適用しているEU規制を「共有する」ことになるような論調である。しかしこれでは、DUP党の「特別扱い拒否」という閣外協力の条件を破ることになり、メイ首相率いる保守党は議会で苦境に立たされることを意味している。常識で考えればあり得ないことが起きた。
黙っていないスコットランドやロンドン
これに飛びついたのは、他でもないスコットランド自治政府のスタージョン首相や、ロンドンのカーン市長だった。その理由は、英国連合王国の1ヶ所が特別扱いされるのなら、同じく加盟国のスコットランドや、規模は小さいがロンドンも、同列の扱いを受けて当然という議論である。
特にロンドンは金融街シティを抱えていて、Brexit後の人材流出に頭を悩ませており、この好材料に飛びつかない訳がない。
「特別扱い」って、何が特別なの?
アイルランドとEUは、北アイルランドに対する特別扱いを「Regulatory alignment EU規制提携/規制調整」という言葉を使っている。この聞きなれない「Regulatory alignment」とは、いったい何のことなのだろう?私自身もはじめて聞いた言葉なので、いろいろ調べてみたが、こんなイメージが出来上がった。
- 英国のEU離脱後も、アイルランド共和国と北アイルランド間では、同じEU規制を共有する
- 同じ規制を共有するため、貿易や人の移動は自由にできる (関税や国境での検問は、ない)
- ベルファスト合意は、継続する
つまり、どこを読んでも「シングル・マーケット/関税同盟に残る」という表現は出ていないが、貿易や人の移動が自由に出来るのであれば、「シングル・マーケット/関税同盟に残る」ことと同じ意味に受け取れるので、非常に悩ましい。
結局合意ならず・・・ ここからの英ポンドは?
ユンケル委員長とメイ首相との共同記者会見は、驚くほど短く、メイ首相の発言はわずか49秒で終わった。そこで語られた内容は、「建設的な話し合いとなった。しかし、最終合意には至らなかったため、今週末までに、再度話し合いを持つことになるだろう。」という歯切れの悪いものである。
「これだけ悪い材料が出たが、英ポンドは思ったほど下がらなかったなぁ・・・」というのが、私の正直な感想である。

チャート:筆者作成
上図は「英ポンド/米ドル」の週足にベガス・トンネルを入れたチャートだ。オレンジのチャネルの通り、上昇トレンドとなっている。しかし、2017年9月の高値を上抜けせず、上値が切り下がっている(2本のブルーの点線)。週足チャートなので時間はかかるかもしれないが、ここから下げに転じる可能性がないとは言えない形だ。
目先の短期的なイメージとしては、1.33ドル台が下抜けしない限り、1.33~1.35ドル台のレンジ内での動きを想定している。
松崎 美子氏プロフィール

- 松崎 美子(まつざき よしこ)
- 東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。