秋のマーケットはボラティリティーが高まる。毎年秋の相場に向けた最初のビッグ・イベントとして、米カンサスシティー連銀が主催するジャクソンホール経済シンポジウムがある。今年は、3年ぶりにドラギECB総裁が出席されることもあり、市場の関心度は相当高かった。
今回のコラムでは、ジャクソンホール経済シンポジウム(以下、ジャクソンホール)での出来事を振り返りながら、秋本番のマーケットに備えてみたい。
ジャクソンホール、ヨーロッパでの受け止め方
今年のジャクソンホールでは、イエレンFRB議長とドラギECB総裁の講演が注目を浴びた。しかし、金融政策に関する重要な言及はなにもなく、最終的にマーケットは米ドル売りに動いた。
私が住むヨーロッパでは、今回の「米ドル安」の犯人として、イエレン/ドラギ両氏による「トランプ大統領の金融規制枠組みの見直しに対する批判」を挙げている。
ドイツの日刊紙:ディ・ヴェルトは、「Die zwei mächtigsten Notenbanker holen zum Doppel-Schlag gegen Trump aus 世界の中銀の中で最も影響力の強い2人の総裁が、トランプ大統領(の政策)に対し懸念を表明」 というタイトルで記事を載せている。そこでは、イエレン議長の発言として、「金融規制枠組みの見直しは穏やかに行なうべき(広範な金融規制緩和をけん制) 」。そしてドラギ総裁は、「金融規制を緩くすると 金融政策緩和時に 不均衡をもたらしかねない。」「保護主義は世界経済の成長に深刻なリスクをもたらす。」と金融規制だけでなく、保護主義に傾きすぎることにも警鐘を鳴らしていた。
今さら繰り返すまでもないが、ここで言う「金融規制の枠組み」とは、2010年7月にオバマ前大統領が成立させた「金融規制改革法(ドット・フランク改革法)」を指していて、トランプ大統領は今年2月に、この法案の見直し(緩和)に関する大統領令に署名したばかりだ。しかし、両総裁はこの動きに反対の意を示した訳で、これが米ドル安を引き起こしたと解釈している。
ジャクソンホールという世界が注目する舞台でトランプ批判とも受け取れる発言をしたイエレン議長であるが、複数のFed Watcherの間では、2018年2月3日に任期が切れる同議長の2期目続投の可能性が大きく減少したというのが、共通認識となっているようだ。
ユーロ圏は、どこまでユーロ高を容認するのか?
前回7月のECB理事会の議事要旨が8月17日(木)に発表され、そこでは驚くべき内容が隠されていた。それは、「最近のユーロ上昇は、世界景気に対し、ユーロ圏経済を取り巻くファンダメンタルズが、特に改善されていることが挙げられる。しかし、このままいけば、ユーロの水準は大きくオーバーシュートする懸念が出てきた」という文言が含まれていたからだ。今年5月にメルケル独首相が「ユーロは安すぎる。」と発言をしたが、そのわずか2カ月後にはユーロのオーバーシュートについて協議されていたということだ。
これを受け、ドラギ総裁がジャクソンホールでユーロ高について言及をするという観測もあったが、それは取り越し苦労に終わった。当然だが、ジャクソンホール後は、米ドル安/ユーロ高が加速した。
7月20日(木)の理事会時のユーロ実効レートは、97.349。このレベルの時に、「将来のオーバーシュート」を懸念しているという事は、実効レートが100を超えグイグイ上昇していくことは、あまり好まないということなのだろうか?

チャート: ECBホームページ
そこで、1999年ユーロ誕生以来、ECBがユーロ高について口先介入した時のことを調べてみた。チャート上のピンクがトリシェ前総裁による口先介入。青い部分が、ドラギ総裁やその他のECB理事によるものである。歴史は繰り返すのか分からないが、実効レートが100を超え、104から109あたりに向け一気に上昇しそうな局面では、ユーロ高けん制発言が出ないとも限らないため、気をつけたほうが良さそうだ。

チャート: ECBホームページ
9月 ECB理事会とユーロ
9月7日(木)にECB金融政策理事会が開催される。7月の記者会見でドラギ総裁が、「テーパリングのシナリオについては、議論されていないし、金融政策の変更を開始する具体的な時期を設定しない。ただし、協議そのものは、今年の秋から始めることになるだろう。」と語ったこともあり、市場の関心度が非常に高い会合となることは間違いない。
現時点でのコンセンサスは、「9月会合で協議を始め、テーパリングに関する発表は10月の会合となる」というものだ。しかし、一部のエコノミストの間では、9月に早々とテーパリングに向けたゲーム・プランが発表される可能性も指摘される。
気になるユーロの動きだが、9月理事会でテーパリングが発表された場合、以下の2つのシナリオが考えられる。
- 月額:600億ユーロから、400億ユーロに減額され、来年1月から実施。QE期間は、2017年12月から半年延長。
予想以上に消極的なテーパリング額と見なされ、ユーロは買われる - 月額:600億ユーロから、300億ユーロと半分の額に減額され、来年1月から実施。QE期間は、2017年12月から半年延長。
月額600億から半分の300億に減額された場合、或いは300億以上の減額が発表された場合は、ECBの本気度を好感し、ユーロ上昇は一旦調整局面に入るという予想である。
最後に、ユーロ取引を行なううえでの注意点を書いて終わりにしよう。米ドル(米FED)や英ポンド(英中銀)を取引する場合、それぞれの中央銀行は、「通貨のレベルは市場が決定するもの」という姿勢を貫いていて、為替介入は極力実施しない方針である。しかし、ユーロ圏の為替政策については、マースストリヒト条約111条で決められているように、加盟国の財務相も関与できるため、米ドルや英ポンドと若干対応が違うことも忘れずにいたい。
松崎 美子氏プロフィール

- 松崎 美子(まつざき よしこ)
- 東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。