今週月曜日、FX市場に激震が走った。その日、メルケル独首相が地元ベルリンの学校を訪問することは、マーケットではノーマークであったため、ユーロの水準に言及したショックは大きかった。
ユーロは安すぎる
メルケル首相がユーロのレベルに言及したのは、今回がはじめてではない。今年2月に開催されたミュンヘン安全保障会議の席でも、「欧州中銀(ECB)の金融政策は、ドイツよりもポルトガルやスロベニアなどに合わせて策定されている。」と語り、ECBの独立性を尊重しながらも、当時のユーロ水準(ユーロ/米ドル 1.06ドル台)がドイツにとって低すぎるという趣旨の発言をしている。この時は、たまたまアメリカのペンス副大統領が出席していたので、リップサービスとも受け止められていた。
しかし、今週月曜日、メルケル首相はベルリンの高校を訪問した際、「ドイツの貿易黒字はユーロ相場と原油価格の2つが押し上げ要因となっている。ユーロの水準は比較的弱めであり、これはECBの政策によるものだ。これによって、ドイツ製品が相対的に安くなっている。」と語っている。
攻めに転じたドイツ
ユーロ水準に言及したのは、メルケル首相だけでない。ショイブレ財務相も、ECBの緩和策の影響でユーロは安過ぎるため、ドイツの貿易黒字を押し上げているという見解を繰り返し披露している。
そして、先週金曜日の独シュピーゲル誌では、メルケル首相とショイブレ財務相はともに、2019年10月末で任期が切れるドラギECB総裁の後任として、ドイツ連銀のバイトマン総裁を推薦すると報じた。2011年にドラギ総裁が就任する際、当時のドイツ連銀のウェーバー総裁が後継総裁レースへの参戦を見送ったため、8年遅れて晴れてドイツ人のECB総裁誕生を狙っているようだ。
蛇足であるが、ECB総裁の選出方法は、ECOFIN(EU経済 ・財務相理事会)で推薦された候補者に対し、EU首脳会議(EUサミット)でユーロ圏加盟政府首脳による特定多数決*で任命される。その後、欧州議会での議会証言を経て、晴れて総裁となる。
*特定多数決とは?
別名:加重特定多数決制と呼ばれ、加盟国がそれぞれ1票を投じるのではなく、人口や経済規模により各加盟国の票数が異なる。可決となるためには、2つの方法があり、①加盟国の過半数、或いは3分の2以上、②それに加え、全345票のうち、255票以上の賛成を得る場合。もしくは、加盟国数に関わらず、賛成国の人口がEU全体の62%かそれ以上を占めていなければならない。
ユーロ圏の為替政策は誰が決めるのか?
ドイツからの度重なるユーロ水準に関する言及。そこで気になったのが、ユーロ圏の為替政策を決定するのは、果たして誰なのか?ということである。早速調べてみたが、驚いたことに、ECBだけでなく、ECOFINにも、その権限が認められていた。
- EU機能条約219条: ECBホームページより
http://www.ecb.europa.eu/ecb/tasks/forex/html/index.en.html
ECBのホームページによると、物価安定と為替政策との間には重要な結びつきがあるため、市場介入はECBが担っているが、ECOFINが為替政策につき一般的な指針を策定することができるとも規定されている。つまりEU加盟各国政府も為替政策の決定に関与しているということであれば、メルケル首相やショイブレ財務相がユーロについて言及しても、なんら不思議ではない。
このタイミングでの発言の真意
メルケル首相がこのタイミングでユーロ水準に言及したことは、今週金曜日から開催されるG7首脳会談を視野に入れてではないか?という話しも聞こえてくる。その席で、メルケル首相はトランプ大統領と顔を合わせる。アメリカはドイツの一人勝ちに何度も苦言を呈していたが、もしかしたら、アメリカからの圧力がここにきて更に強まっているのではないか?という憶測も出てきているようだ。
ここからのユーロ
最近のユーロ高の背景には、米ドル安が見え隠れする。特にトランプ大統領によるコミー元FBI長官の更迭・ロシアゲート疑惑などが顕著になってからというもの、株安・米ドル安を招いている。
しかし、理由はそれだけでない。ユーロ実効レートのチャートを見ると、約1年半に渡るレンジ相場(チャート上の赤い枠)をはっきりと上に抜けてきたことが確認される。

ユーロ実効レートチャート:ECBホームページ
- 5月22日時点でのユーロ実効レートは、96.9137
- 「ユーロ/米ドル」は、1.1243ドル
ユーロ/米ドル(ECBホームページ)
https://www.ecb.europa.eu/stats/policy_and_exchange_rates/euro_reference_exchange_rates/html/eurofxref-graph-usd.en.html
この2つの数字を元にして、ユーロ実効レートがチャート上のオレンジ枠で囲んだ98Lowから99ミドルまで上昇した時の計算上の「ユーロ/米ドル」の水準を調べてみた。
- 実効レートが98Lowまで上昇した場合
計算上の「ユーロ/米ドル」は、1.1392ドル - 実効レートが99ミドルまで上昇した場合
計算上の「ユーロ/米ドル」は、1.1543ドル
となる。これはあくまでも「計算上」の水準であり、確実にここまで行く保証はない。ユーロの取引をする際に頭の片隅に留めていただければ幸いである。
松崎 美子氏プロフィール

- 松崎 美子(まつざき よしこ)
- 東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。