スポットディーラー:「フランス大統領選第一回の結果判明後からのユーロのラリーが強烈ですね」
オプションディーラー:「オプション市場では異常値を示していたからね」
スポットディーラー:「先輩、なんですかそれは?教えてください」
オプションディーラー:「下向きの準備が出来過ぎていたということだよ」
上記の会話は、ディーリングルーム内での先輩・後輩のやり取りであり、下向きの準備が出来過ぎていたとは、オプション市場において、ユーロを売る権利の価格が買われ過ぎていたということだ。
昨年の、EU(欧州連合)からの離脱の是非を問う英国国民投票での離脱決定、過激な発言を伴うトランプ米大統領候補の本戦での勝利は、資本市場の混乱を巻き込み、衝撃的であった。こうしたポピュリズム(大衆迎合)の拡散のなか、世界の注目を集めたのは、EUの今後を占ううえでフランス大統領選挙だった。
極右政党、国民戦線代表ルペン氏の大統領への切符は、フランス大統領第一回は通過したが、その後の道のりは険しかった。選挙戦では事前にルペン氏は、当選後の公約の一つにフランスフランの復活を掲げていた。実際に復活となれば、現在ユーロ建てで流通するフランス国債は、大幅に減価されて償還となるため、機関投資家はフランス国債を敬遠または現金化し、ひいては欧州全体をアンダーウエイト(注)にしていた。
(注)http://www.ifinance.ne.jp/glossary/investment/inv025.html
昨年の英国の国民投票でのブレグジット(離脱)の判定で、英ポンドの急落の悪夢が抜けきらない投資家が、ルペン大統領誕生というテールリスクの前にユーロ急落への保険を怠らなかったのは当然の投資行動だった。オプション市場ではユーロを売る権利の価格は高騰し、昨年11月の米大統領選を遥かに上回る水準まで上昇していた。
こうした下(方向)の準備が万全のなかで判明した第一回の結果はルペン氏こそ残ったものの、マクロン氏の圧勝で市場は安堵し、下向きの準備は杞憂に終わった。準備が万全であった分、投資行動をニュートラルに戻すだけでも大きな巻き戻しを伴った。

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さて欧州の景気は北部欧州中心に総じて堅調だ。スウェーデンの中央銀行・リクスバンクはマイナス金利を導入するなかで、昨年秋にはいち早く資産買入れの減額を発表している。ドイツでは2月の消費者物価は中銀の政策目標とする2%を超え2.2%に達し、ECBの量的緩和からの出口論が活発化してきた。

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4月27日(木)のECB理事会後の記者会見でドラギ総裁は、「経済の下振れリスクは後退した。量的緩和からの出口政策は現段階では議論しない」と市場の観測を一蹴した。しかし経済指標の改善は明白で、欧州委員会は5月11日(木)フランス大統領選を無難に通過したことから、域内の成長見通しを1.7%(+0.1%)と上方修正している。
現時点でドイツ国債は7年債までがマイナス金利に埋没しており、消費者物価が中銀の目標水準まで回復した状況に照らし合わせれば、異常な緩和水準といえる。インフレファイターとの異名を持つ中央銀行ブンデスバンクの所在地ドイツ国内からは、こうした緩和姿勢には異論が目立つ。ショイブレ独財務相などは一貫してこうした緩和姿勢には反対してきた。
こうしたなかで、市場のユーロ回帰に願ってもない援軍が登場した。5月9日(火)時点で、シカゴの通貨先物でのユーロの対米ドルでの持ち高が、2014年5月6日(火)以来約3年ぶりに買い越しに転じた。その週の「ユーロ/米ドル」の引けは1.3691ドルであり、その後ユーロは大きく減価した。

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筆者の経験では、こうした持ち高の境目での転換は、後に週足一目均衡表の雲を突き抜け、中長期で流れが大きく転換し、トレンド形成が鮮明になったことが多い。実際、この持ち高の傾きと実際の通貨の方向性には、一定の相関があり、更なるユーロ上昇に向け要注目といえそうだ。
では、金利面ではどうか?「ユーロ/円」の変動は日独間の金利差の相関である程度説明出来る。足元では日独の10年債金利差より同2年債金利差との相関が強い。これはフランス大統領選を通過し、市場の目が短期金利のすう勢を色濃く反映する2年債に向いている現れだ。

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こちらの相関図の相関式から判断すれば、2年債の金利差で10bp(0.1%)の金利変動が「ユーロ/円」に及ぼす影響は約4円50銭程度と大きい。現在「ユーロ/円」はこの相関式から導かれるフェアバリューの上で位置している。これは為替の動きが金利差の動きを先取りして変動している極めて健全な関係といえる。
過去に目を転じれば、昨年11月の米大統領選でトランプ氏勝利後のトランプラリー下での「米ドル/円」は、日米金利差の拡大を先取りして上昇していた。一方で年明け以降はこの逆で、「米ドル/円」は金利差の縮小を先取りして下落してきた。
以上まとめると、本年度に残されたECB理事会の日程は、6月8日、7月20日、9月7日、10月26日、12月14日(全て木曜)、と記載されている。資産買入れの期間は12月まで延長されたが、ドイツ国債だけでみて、今のペースで買い入れが継続した場合、2017年末時点で流通するドイツ国債の約40%を買い入れることになる。これは日銀が2016年度末に保有していた日本国債とほぼ同水準となる。
ECBの(緩和の)出口はすぐそこまできていて、夏休み前6月8日、遅くとも7月20日の理事会でフォワードガイダンス(注)の変更に踏み切るとみられる。既に債券市場では、これを織り込む形で短期中期を中心に金利には上昇圧力が掛かっている。
(注)中央銀行が示す先行きの金融政策の指針

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出口に向かうとなれば、金融政策で周回遅れの緩和策が継続されている環境下の円に対して、ユーロの金利面からの優位性は更に高まる。金融政策を『新鮮』という尺度で測った場合、不等号では、円 < 米ドル < ユーロという序列になる。「ユーロ/円」の上昇は担保されたも同然で、出口論が活発化するにつれ「140円」という数字も荒唐無稽ともいえないだろう。
竹内 典弘氏プロフィール

- 竹内 典弘(たけうち のりひろ)
- 明治大学法学部1989年卒、以後一貫して内外の金融機関で為替/金利のトレーディング歴任。専門はG7通貨及び金利のトレーディング。 1999年グローバル金融大手英HSBCホールディングス傘下HSBC香港上海銀行東京支店入行、取引担当責任者(チーフトレーダー)を務め、現在主流となっている、E-commerce(FX.all.com)の立ち上げにも参画。 相場展望をする際、極力恣意的な自己判断、感情移入を排除する独自のアプローチを持ち、欧州事情にも精通している。2010年に独立し、大胆なトレードを日夜行っている。