先週の為替市場では、英ポンドやユーロが大きく上昇した。動きのきっかけはそれぞれ違うが、両通貨とも久しぶりに上昇に勢いがついてきた。
今回のコラムでは、英ポンドを取り巻く材料の中でも、とりわけ気になっている内容について書いてみたいと思う。
先週の水曜日までは英ポンド売り材料ばかりだった
先週の英ポンド上昇は週後半、特に木曜日以降に起きた動きで、その前日までは英ポンド売りの材料が山積みとなっていた。
英中銀新副総裁、早々の辞任
今年は、英中銀金融政策理事会(MPC)9名のメンバーの出入りが結構激しい。本来であれば、2019年まで任期が続いたシャフィク副総裁が、英LSE大学の学長職を受け入れ、今年2月28日(火)付けで退任された。その後任として、英中銀最高執行責任者(COO)のシャーロット・ホッグ氏が3月1日(水)付けで就任した。
新しく任命されたMPC理事は、例外なく財務省特別委員会で理事承認を目的とした議会証言を行う義務があり、ホッグ副総裁は2月28日(火)に証言席に座った。そこで特別委員会の議員からいくつもの質問を受けたが、同氏が2013年に英中銀に入行して以来ずっと、中銀の行動規範で定められている項目を守っておらず、違反行為を続けていたことが発覚した。そこで、その翌日から財務省特別委員会が緊急会議を開き、3月2日(木)に全会一致の結果として、「ホッグ氏は副総裁としての資格なし」という内容の報告書を財務省に提出した。
MPC理事は、財務大臣が任命するものであり、特別委員会の議長にはホッグ氏を解任する権限はない。しかし、この報告書を受け、3月14日(火)にホッグ氏は自ら辞任を選んだ。その後の報告によると、後任選びと仕事の引き継ぎのため今後約3カ月、副総裁として英中銀に残るようである。
行動規範を厳守しない人間が3年以上も働いていた英中銀に対し、Credibility(信用力)の問題が残った格好となっている。
スコットランド、2度目の住民投票発表か?
先週、スコットランド自治政府のスタージョン首相は、近日中に「スコットランドが英国連合王国を離脱することの是非を問う2度目の住民投票の実施」について何か発表するかもしれない・・・という噂が流れた。それだけでも、英国とスコットランドの今後の関係について不透明感が増すのだが、その実施時期をめぐり、スコットランド政府と英国議会との間で新たな確執が生まれたことがわかった。
というのは、英国のメイ首相は今月末までに「EU基本条約50条の行使」に動き、EUとの交渉が2年間に渡り継続する。単純に計算すれば、2019年3月31日頃に、その交渉期間が終了することになる。
しかし、スタージョン自治政府首相は、「2度目の住民投票を行う時期として、2018年秋から2019年春を念頭に置いてる。」と語ったのである。つまり、英国とEUとの交渉が継続している最中に、わざわざ住民投票をする気である、ということだ。
そもそも、住民投票を実施するには、英国議会の承認が必要である。スコットランドがやりたいから、いつでもできることではない。そのため、メイ首相は、「スコットランドが2度目の投票をやりたいのであれば、英国とEUとの交渉が終了し、その条件を元に実施すべきであり、それ以外の条件での住民投票は認められない。」という趣旨の発言をした。これは英ポンドにとってネガティブな材料となる。
結果として、スタージョン自治政府首相は、3月27日頃にスコットランド議会の意向をあらたえて英議会に伝えると語っており、この問題の解決策はまだ見つかっていない。
シカゴ先物市場IMMの英ポンド・ポジション
このように英ポンドに対してネガティブな材料が続いたこともあり、3月14日(火)現在のシカゴ先物市場IMMでの英ポンドのポジションは、1週間で26,680コントラクトのポンド・ショート増となり、史上最大の107,117コントラクトのショートが積み上がっていた。

英中銀MPCからの発表
この史上最大のポンド・ショートが積み上がった2日後の3月16日(木)に英中銀金融政策理事会(MPC)が開催された。政策金利や量的緩和策内容は、コンセンサス通り「すべて据え置き」となったが、その決定に向けた9名の理事たちの投票配分が予想外の結果となった。

データ: 英中銀ホームページ
MPCの中でもタカ派として知られているフォーブス外部理事が、「利上げ」に票を入れ、8対1(8人 据え置き対1人利上げ)での据え置き決定となったことが、議事要旨の発表で判明した。今までずっと9対0での据え置きであったのに、Brexit直前の今、一人ではあるが利上げに票を入れた理事が出てきたことにショックを受けたマーケット参加者は、一斉に英ポンドのショート・カバーに走った。結果として、この発表直後の動きだけでも、英ポンドは対米ドルで80ポイント上昇した。

チャート:筆者作成
ここからの英ポンド
史上最大のショートが溜まっていることを考えれば、リスクとしてはショートカバーによる上昇の余地は残っている。しかし、英国に住む身としては、今後Brexitに向けたヘッドラインで何かネガティブな材料が出れば、またいつ下落してもおかしくない相場であるだけに、意地になってロングを引っ張る勇気もないというのが正直なところである。
今週は火曜日に発表された2月の消費者物価指数が、予想を大きく上回る2.3%となったことをうけ、英ポンドは再び大きく上昇した。執筆時点での「英ポンド/米ドル」高値は、1.2470ドル台となっていて、1.25ドル台目前(チャート上のオレンジ点線が通るレジスタンス)目前のレベルにきている。

チャート:筆者作成
もし一旦1.25ドル台で頭打ちになるのであれば、下値の目処は、チャートに描いた2本のピンク点線の下側が通る1.22ドル台ミドルあたりを考えている。ここからしばらくは、Brexitをめぐる思惑によるヘッドラインで相場が振らされることも多いことを考慮し、1.22ドル台ミドル〜1.25ドル台でうまく回転を利かす取引が良いのかもしれない。逆に1.25ドル台を軽く上抜けするような展開となれば、1.28ドル台が視野に入ってくる。
最後に、英国と米国の10年もの国債利回り格差(イールドスプレッド)と「英ポンド/米ドル」の関係でについて、徐々にではあるが、イールドスプレッドが縮小してきている。これは、「英ポンド/米ドル」の上昇を示唆しているため、今後のイールドスプレッドの動きには注意をはらいたい。

データ:英中銀ホームページ 米財務省ホームページ
松崎 美子氏プロフィール

- 松崎 美子(まつざき よしこ)
- 東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。