英中銀(BOE)は、2・5・8・11月にマクロ経済予想を織り込んだ四半期インフレーション・レポートを発表し、この日をマーケットでは、「Super Thursday」と呼んでいる。この「Super Thursday」当日には、1)政策金利、2)議事要旨、3)四半期インフレーション・レポート(以下、QIR Quarterly Inflation Report)、4)総裁・副総裁の記者会見が行われ、英ポンド取引に従事する者たちは、今後の相場観の形成に役立たせている。
今回のコラムでは、QIRの内容を分析し、今後の英ポンド取引を考えてみたいと思う。
マクロ経済予想:GDP大幅改善
1月11日(水)の議会証言、そして17日(火)にロンドン経済大学(LSE)で講演したカーニー総裁。その両方の発言の中で、「2月2日(木)発表のQIRでは、マクロ経済予想を上方修正する。」 と断言した。
2月2日(木)に発表されたQIRを見ると、たしかに2017年GDP予想は大幅改善となっていたが、インフレ見通しは横ばい状態であった。

マーケット参加者の間では、「Brexit交渉がスタートする2017年に2%の経済成長は難しいのでは?」という考えがコンセンサスとなっていて、QIRに載っていた「民間(銀行やシンクタンクなど)予想」の数字がそれを物語っていた。そこでは、2018年Q1の英GDP予想として、1.1%という数字が載っていたのであった。

チャート:英中銀四半期インフレーション・レポート(2017年2月)
それでは、どうして英中銀は2%という強い予想を出してきたのか?これについて、カーニー総裁は4つの理由を挙げた。
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①
ハモンド財務相が2016年11月に発表した秋季財政報告の中で、財政政策の緩和(積極財政)に踏み切った。
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②
世界景気の見通しが、明るくなってきた。
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③
英国では、歴史的水準の低金利であることと、英ポンドが大幅安になっているなど、金融面でのサポートが得られている。
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④
英国の各世帯が実質所得の減額に備えた準備をし始めた兆候がある。
たしかに世界的にインフレ上昇の傾向が見えはじめており、最近発表された主要国の購買担当者指数(PMI)も軒並み改善が見られる。しかし、英国はEUからの離脱(Brexit)という特殊要因を抱えているだけに、果たして世界景気の改善からの恩恵をどういう形で受けられるのか、疑問は残ったままだ。
マクロ経済予想:インフレ見通し横ばい
昨年6月の国民投票以降、英ポンドは18%下落。その影響で、英国の輸入物価は30年ぶりの高水準となり、インフレ率は今月にも、英中銀のインフレ・ターゲットである2%に達する勢いだ。マーケットでは、どのくらいインフレ予想が上がるのか興味津々であったが、QIRでの数字は、前回16年11月と変わらず、2017年+2.7%となっていた。

チャート:英中銀四半期インフレーション・レポート(2017年2月)
この驚く事実についてカーニー総裁は、「2016年11月と2017年2月のインフレ見通しにあまり変化がない理由は、この時期に、英ポンドが3%強くなった影響が大きい。」と理由付けしている。英ポンドが3%戻しただけで、今年1年間を通じたインフレ率予想が3カ月前と同じになるという理屈は、正直あまりよく理解できない。しかし、英中銀はそういう判断を公表した。
インフレ率のオーバーシュート幅
英中銀は、ここ最近インフレ率が大きく上昇しているが、それはBrexit後の英ポンド安の影響だとし、一時的なインフレ率のオーバーシュート」は止む無し・・・、と考えているようだ。つまり、「インフレ率がBOEインフレ目標の2%を超えても、あくまでも一時的な現象と捉え、すぐに利上げをする訳ではない」ということである。
そこで問題となるのは、「オーバーシュートする場合、2%のターゲットから、どの程度の『糊代』をつけるか?」である。これについて英中銀は 「2018年Q2インフレ率は2.75%でトップをつける」という見解を披露した。つまり、最大2.75%くらいまでは『利上げをせずに容認します』と暗に認めた、と市場では理解している。

ここからの「英ポンド」について考える
今年はBrexitだけを取り上げて「英ポンドは売り」と判断するのは危険である。お隣りの欧州では、主要国でいくつかの選挙が実施されることに加え、第二のギリシャ危機の可能性に関する噂も聞こえてくるようになった。アメリカではトランプ大統領の政策が為替市場に与える影響が、うまく読めてこない。
大手銀行はほぼ一貫して「英ポンドは、まだ売り」という判断をしていて、「英ポンド/米ドル」の今年の安値を1.10ドルとしているところが多い。全ての銀行の予想を調べたわけではないが、今年英ポンドが大幅に上昇して終わるという予想は、あまり耳にしない。
ただし、今年に入ってからの英ポンド相場を振り返ってみると、英国がEU単一市場(シングル・マーケット)には残らない「ハードBrexit」の選択は、既に織り込み済みとなった。「ハードBrexit」となれば、ロンドン金融センターであるシティの存続も危うい。しかし、英ポンドは大暴落していない。依然としてシカゴ先物IMMポジションでは、英ポンドのショートが溜まったままであるが、特に増えていくこともないままだ。
それを踏まえると、超目先の動きとしては、1.2790ドル台を上抜けしない限り、1.20ドル台~1.27ドル台の大きなレンジに入ってしまう可能性は否定できない。Brexit交渉が3月末までに始まるという前提で考えれば、英国とEUとの双方の交渉内容がヘッドラインで出てくるたびに、上下に振らされるボラティリティーの高い相場になると予想する。

チャート:筆者作成
松崎 美子氏プロフィール

- 松崎 美子(まつざき よしこ)
- 東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。