今週のマーケットは、9月21日(水)に開催される日本と米国2つの中央銀行の金融政策理事会待ちとなっている。しかし、ヨーロッパに住んでいる私にとって、それ以上に気になるのが、ドイツ銀行を取り巻く悪い噂が絶えないことだ。今回のコラムでは、徹底的にドイツ銀行について調べてみようと思う。
今年はドイツ銀行にとっての厄年
人間に例えていえば、ドイツ銀行にとって2016年は「厄年」といえるだろう。年初早々から、数々の問題が発覚し、そのたび株価は下落を強いられた。

デリバティブ問題
年明け早々、ドイツ銀行が抱える莫大なデリバティブ残高についての不安説がマーケットに流れた。

英国に住む私たちには、デリバティブ残高が大きすぎ、国有化されたスコットランドのRBS銀行の記憶がまだ鮮明に残っていて、この不安説は一気に市場心理を悪化させ、同行の株価は急落した。
Coco債問題
デリバティブ問題が過ぎ去った頃、今度はCoco債問題が発覚した。当時は、欧州中銀(ECB)が3月に大型緩和策の実施を宣言した直後で、これ以上マイナス金利の深堀りが進めば、銀行収益が相当悪化すると心配されていた時期である。もしそうなれば、ドイツ銀行は収益悪化により債券の利払いが出来なくなるという噂が出てきたのだ。

この点について大手格付け会社:S&Pは、「ECBの緩和策如何では、ドイツ銀行の利払い支払い能力は困難になることが予想される」というレポートを発表し、市場はパニック!ドイツ銀行は株価の下落に加え、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)も大きく上昇したことをよく覚えている。
このCoco債というものは、利回りが6%前後と魅了的である反面、万が一銀行の支払い能力に問題が生じると、デフォルトする代わりに、Coco債を株式に転換し、その株を売却して支払いに充てる仕組みとなっている。つまり、Coco債の高い利回りを手にする筈だった投資家たちは、この銀行の損失を肩代わりすることになる。
度重なる信用不安を払拭すべく、2月中旬にドイツ銀行は急遽総額50億ユーロ(約6000億円)の債券を買い戻すと発表した。しかし、高リスクのCoco債はその対象に入っていなかった。
ソロス氏の空売り
世界中が英国のEU離脱(Brexit)で大騒ぎしていた頃、著名なヘッジファンド・マネージャー:ジョージ・ソロス氏が爆弾発言をした。それは、「英国の国民投票に向け保有していたポジションは、英ポンドのロングと、ドイツ銀行株700万株(ドイツ銀の株主資本の約0.51%に相当) の空売りだった」という内容であった。
あのソロス氏が英国の国民投票前に、敢えてドイツ銀行株を大量に空売りした理由は?その答えについては、同時期に発表された国際通貨基金(IMF)のカントリー・レポート「ドイツ編」に隠されている。このレポートのタイトルは、「Financial System Stability Assessment:金融システム安定性評価」となっており、ドイツ銀行を「危険銀行」と名指しで取り上げていたのだ。
(参照:https://www.imf.org/external/pubs/ft/scr/2016/cr16189.pdf)

このチャートによると、世界の大手銀行のうち、金融システムへの潜在的なリスクが最も高い銀行は、ドイツ銀行(チャートの赤い矢印)。2番目が英国HSBC銀行、3番目がスイスのクレディ・スイス(CS)銀行と続いている。
MBS絡みの賠償請求
最後は、先週金曜日に発覚したMBS(住宅ローン担保証券)の不適切販売に対し、米司法省がドイツ銀行に140億ドルの賠償請求をした事件である。同行と米政府は、賠償額についてこれから協議をするようだが、どこまで減額されるのかは不明。

現在ドイツ銀行が保有している偶発的な事態に備えた準備金は、55億ユーロといわれていて、140億ドルの請求額が半額になったとしても、十分ではない。
そうなると、問題は単純にドイツ銀行の存続だけでなく、金融市場全体でのシステミック・リスクが浮上する。そして、偶然かどうか分からないが、今週木曜日から欧州システミック・リスク理事会(ESRB)が開催される。この耳慣れない理事会の活動は、欧州中銀(ECB)に委任され、ドラギ総裁が理事長を務める。
そもそもシステミック・リスクとは何か?この図を見て欲しい。

もし、A銀行が返済期日にB銀行に50億ユーロ返済できなければ、B銀行はC銀行に対し、同じく50億ユーロの返済が出来なくなる可能性が出てくる。このような事態が発生すると、ここから他の銀行をも巻き込んで、不払いが続く。それを「システミック・リスク」と呼ぶ。
つまり、ドイツ銀行に支払い能力がなくなれば、そのお金を当てにしていた他の金融機関の支払いが滞り、世界中の銀行がパニックを起こす危険が出てくるのだ。グローバル化の影響で、もはやこの問題はドイツの、または欧州固有の問題とはいえなくなっている。
ここからのマーケット
ドイツ銀行問題は、現時点では金融市場全体の「システミック・リスク」にはなっていないため、これを材料に「ユーロを売る」のはまだ時期尚早であろう。ただし、今年だけでもこれだけ問題が発覚しているため、他行との合併の噂も含め、今後の報道が待たれる。
今週の相場に限った場合、事前にリークされている日銀の動向よりも、「利上げなし」とマーケットが結論付けたFOMCの動きが気になる。
■予想外の利上げとなった場合
もう何年も取引していないが、「米ドル/カナダドル」のチャートが気になっている。

これは日足だが、ここずっと200日移動平均線(SMA)に頭を押さえられている状態だ。もし、予想外の利上げとなれば、1.34カナダドルミドルくらいまでの上昇を予想する。
■政策金利が据え置きの場合
政策金利が据え置きとなった場合、同時に発表される3カ月に一度のマクロ経済予測とイエレン議長の記者会見に注意したい。

これは、経済予測で発表されるドット・チャートの中央値の推移である。9月21日(水)FOMCでの予想には黄色いハイライトを入れてみた。
もしこの予想よりも更に低くなるようであれば、利上げの可能性が減ることになる。その場合、最近のFOMC理事たちがやけにタカ派的内容の発言をしていることを考えると、銀行のクレディビリティーの問題にもなりかねないため、注意が必要だ。
松崎 美子氏プロフィール

- 松崎 美子(まつざき よしこ)
- 東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話しを聞き、早速証拠金取引開始。